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体のどこかに流れる 第1話


 秋というのに外は寒く、マフラーがかかせない季節になっていた。この時期は気分が参り情緒不安定になってしまう。十一月九日。秋のぼんやりとした空気は、息が詰まるようなそんな感覚に襲われる。夕方の六時を過ぎればもう辺りは暗くなり、気が早い街並みはイルミネーションが飾れて、もうクリスマスシーズンになるんだと思わせられる。
 昨日の八日に、二十一歳になった。もう二十代になったけれど、全然大人になった気がしない。このまま歳をとっていくのかと思うと気が滅入ってくる。高校を卒業して、大学にも入らずに流れるままにコンビニで働き、いつの間にか三年も経っていた。三年ともなるとバイト先は落ち着くもので、従業員の入れ替わりが早いコンビニでは、私はもう年配で、いつの間にかバイト先では従業員の中で一番長く仕事をしている。家とバイト先の往復で一日が終わる。つまらない人生だなと自分でもつくづく思う。代わり映えのない毎日に嫌になる。
 昨日の誕生日は、仕事をお休みにさせて貰った。自分の誕生日で、恋人の武史が祝ってくれた。
 武史は高校三年の時から付き合っていて、もうかれこれ四年になる。武史は大学生で、私と同い年。並に良い大学に通っていて、今三回生になっていて、就職活動を始めていた。
 狙っているのは大手企業の出版会社。忙しいのだろうけど、給料が良いからと言っていた。
 プレゼントでピンクゴールドのハートのモチーフがついているネックレスをくれた。武史は大学に通いながらマクドナルドでバイトをしていて、きっと有り金はたいて買ってくれたのだろう。如何にも高そうで、少し申し訳ない気持ちになってしまった。
 武史は千葉で一人暮らしをしていた。だから川崎で実家暮らししている私は、昨日は武史の家にお邪魔して、武史の手料理をご馳走してもらった。カルボナーラとサラダ、赤ワインを一本空けて、食後に四号のいちごのホールケーキを食した。その後におめでとう、と誕生日プレゼントを貰い、それと一緒に手紙を貰った。
「誕生日おめでとう。舞果と過ごす誕生日はこれで四回目だね。今は遠距離恋愛だけど、いつかは一緒に住みたい。舞果、こっちに来て一緒に住まないか?考えておいて。手紙でいうことでないけれど、俺は舞果と結婚したいと思っている。」
 手紙は実家に帰ってから読んだ。恥ずかしいから家に帰ってから読んでと武史にい言われたから。これはプロポーズだと取っていいのか。私は嬉しい反面、少し複雑だった。
 なんで複雑かは私はわかっていた。このままでいいのか、そう考えているから。今みたいにのうのうと生きて、なんとなくプロポーズされ、結婚して、子供を生んで育てて、そんな決まりきったような人生でよいのかと、考えてしまっていた。確かに武史と結婚したら良い家庭を築くことが出来るだろう。武史は子供好きだし、何より人にすごく優しい人だったから。きっと幸せになれる。
 家に帰ってきて、もんもんと考えていたら疲れてしまった。そのまま朝まで寝れず、一睡もせずに朝からバイトに向かった。バイトは朝九時から夕方の五時まで。
 私はバイト先を出ると、家には帰らず、なんとなく電車に乗って、都内を目指した。その行動にはなんの計画性はなく、ただなんとなくだった。家に帰りたくない気分で、ひとりでどこかに行きたかった。授業が終わったよという武史のメールにも返事を打たず、携帯の電源を切った。誰にも干渉されたくなかった。
 椅子に座っていたら、「舞果?」と話しかけられた。顔を上げると、高校のときの同級生の池上シズという女の子だった。私は高校のときと少し変わったシズを見て驚いた。高校のときは化粧のひとつもしていなかったのに、今は化粧を薄くしていて、高校のときより綺麗になっていたし、少し痩せた。
「わー懐かしいね。こんな時間からどっか行くの?」
 シズは穏やかに笑うと、首を傾げて、私の返事を待った。
 こんなときは「本当に久しぶり! 懐かしいね。元気だった?わー本当に懐かしいね。今から? 今から新宿にお買い物にでも行こうかと思ってって」とテンション高くして対応すればいいのだろうけど、私はそんな気分じゃなくて、返答に困った。
 ふとシズの隣に目を移すと、背の高い不健康そうな男の人が立っていた。首から一眼レフの黒くて大きいカメラをぶら下げていて、無表情で、ぶすっとしていた。
 私がその人に気をとられていたのに気付いたシズは、「あぁ」と声を出した。
「この人ね、大輔さんて写真撮ってる人なの。話せば長くなるけど」
 私はうんと頷く。その男の人から醸し出される負のオーラが気になっていた。世界にひとりぼっちになってしまったかのような、生きていくことに疲れてしまったような、なんとなく惹かれるものがあった。引き寄せられる。大輔さん。私は心の中で何度も復唱する。
「大輔さんと出会ったのは半年くらし前で。ネットサーフィンしてたら大輔さんのホームページを見つけて、そこにね大輔さんが撮った写真が載ってたの。すごい世界観のある写真を撮っていてね、すごく感激したのさ。それで被写体募集してたからメールを送ってみたの。んでね、何回か私を被写体に撮ってもらってたの。すごく素敵な写真撮るんだよ」
 シズは嬉しそうに笑って、ね、大輔さん。と相槌を求めた。大輔さんは口の端だけあげて笑うと、「はじめまして」と口を開いた。
「あ、私ここで降りなくちゃ」
 シズはそう言うと、じゃ、ふたりともバイバイと手を振りながら電車を降りていった。




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あきゅろす。
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