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仁王柳生
始罪
それは忘れもしない―9歳の、夏。



「比呂士、雅治。お父さんとお母さんは、これから別々に暮らすことになった。これからは比呂士は私と、雅治はお母さんと暮らすことになる。―分かってくれるね?」

食卓テーブル、私たちの向かいに座った父が言った。

その時両親の仲はとうに冷めきっていて、母には博多に住んでいる仕事関係で知り合った男性が、父には祖父の友人の娘で昔からの知り合いだったという新しい恋人が、既にいたのだ。

二人とも、その相手と再婚するための離婚だった。


私は―突然のことに、何も言うことが出来なかった。


両親が不仲であることには気付いていたが、お互い再婚するような相手がいることは、その時の私は知らなかったのだ。

何よりも雅治と離ればなれになるなんて、考えたこともなかった。


話の後、頭が酷く混乱して父に一言も返せないまま部屋に戻ると、話の間中隣でずっと俯いていた雅治が、強く私を抱き締めた。

「ぜってー、比呂と離れないからな…!」

怒りに震えた声。
私を後ろから拘束している熱だけが、私の感じる全てだった。


私も、雅治と離れたくなんかない…!


二卵性双生児であるにもかかわらず、瓜二つの容姿。
生真面目で几帳面な私と人を欺くことが得意で気分屋な雅治は、それでもとても仲が良かった。

二人の間に兄や弟という意識なくて、ただ二人一緒にいることが当たり前だった。


だが結果として私は、雅治よりも父を選んでしまったのだ。



それがどんな結果を生むかも、知らずに。




「おにいさま、いってらっしゃいませ」

玄関先、頭をぺこりと下げ笑顔で私を見上げる妹に、自然と笑みが浮かぶ。

「比呂士さん、気を付けて行ってらっしゃいね」

妹の柔かな亜麻色の髪を撫でながら、穏やかに女性は言う。

「はい、いって来ますね。菜穂(なほ)さん、お義母さん」

妹と優しい義母に、私はふわりと微笑んだ。


あれから五年の歳月が過ぎ、私はテニスの強豪校である立海大附属中学校の、二年生になっていた。

あのあとすぐに大病院で働いていた父が祖父から家業である病院を継ぐことになり、今住んでいる神奈川へと引っ越してきたのだ。
父の再婚相手はまだ若く穏やかな女性で、父と義母の間には、今年四歳になる私の妹ができた。

妹はとても可愛らしく、私のことを慕ってくれている。


けれど―穏やかに過ぎていく時の中で、この胸の痛みを忘れたことなど一度としてなかった。


あの日の翌日、雅治の帰りがずっとさぼっていた学校の手伝いのつけで遅くなることになり、私は一人で家に帰った。

そしていつもより早く家に帰っていた父に比呂士が医師になるのを見ていたい、と懇願され、幼い時から医師である父を尊敬していた私は、その言葉に頷いてしまった。
きちんと話をすれば、雅治も私の気持ちを分かってくれると思っていた。
手紙もお互いたくさん書いて、例え住んでいる場所が離れても必ず会うことを約束しよう―と。

このことを父から聞いた雅治がどんな想いでそれを聞いていたかなんて、私は知りもしなかった。


雅治は私に一言も言うことなく、母と再婚相手がいる博多へ行ってしまった。


私は何度も雅治と連絡を取ろうとしたが、雅治はそれを全て無視し続けあれから五年間、一度も雅治と会っていない。

雅治―ごめんなさい。

こんなにもあなたを傷付けた。
ずっと一緒にいると、あなたと約束したのに。


この胸に巣食う罪悪感は、私への罰。


どんなに謝っても、許されることはないけれど―



そして今日の放課後から、私たちの運命の歯車がまた回り始める。






2009.7・27


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