仁王柳生
鳥籠
「仁王くん、重いです」
本を捲っている手は休まず、私の左肩に顎を乗せている彼に言う。
「ん〜…」
―生返事。
彼の声の振動が、左肩を通して私の体へ響く。
「頭を退けて欲しいのですが?仁王くん」
「お〜」
…聞いていない。
私はぱらりとページを捲り、心の中で溜息をついた。
ここは、学校の図書室。
休み時間に楽しみにしていたミステリーの新刊を読んでいると、ふらっと彼がやって来た。
彼は隣の椅子に腰を下ろすと私の肩に頭を乗せ―そして、今に至る。
この図書室は学校に二つあるうちの古い方の図書室で、新しく出来た方よりも規模が小さくまた難解な本が多いため、生徒達があまり来ない。
ここは、読書仲間である柳くんが教えてくれた。
初めて来た時にここの落ち着いた雰囲気が気に入った私は、それ以来よく一人で読書をする時に利用している。
今も私たち以外の生徒は、誰もいない。
―彼は昔から本当に私を見つけ出すのが得意だ。
二人きりの状況を作り出すのも、得意になった気はしますが。
(はあ…)
私はもう一度心の中で溜息をつくと、二人きりの時しか呼ぶことのない弟の名を呼んだ。
「―雅治」
「なんじゃ?比呂」
呼んだ途端パッと顔を上げ満面の笑顔で私を見る彼に、まんまと彼の術中に嵌まった気がした。
―でも、仕方がないでしょうか。
心の中で小さく苦笑する。
幼い頃から、私にしか向けられることのないその無邪気な笑顔に私はとても弱かったのだ―
本に栞を挟んで静かに閉じると、私は雅治の方を向いて眼鏡の縁を押し上げた。
「休み時間そろそろ終わってしまいますよ、仁王くん。戻らなくてもいいんですか?」
「―比呂」
言い終わったのと同時左肩に右手をかけられたと思うと、左頬にちゅっとキスされた。
「―雅治!」
すぐに離れていった顔に小さく避難の声を上げると、立ち上がった彼は私を見下ろしていつもの不敵な笑みを浮かべた。
「比呂がシカトするから悪いんじゃ。油断大敵ぜよ〜」
そう言って彼はひらひらと手を振ると、部屋を出ていってしまった。
「…全く」
一人きりになった部屋で呆れて呟く。
再会したあなたは掴めなくて。
私に、本心を触れさせない。
けれど二人きりの時にふと見せる、彼の昔と変わらない仕草に喜んでいる私がいるのも確かで―
ふと、壁にかかっている時計を見る。
次の授業が始まる時間まで、あと少ししか時間がなかった。
「ああ、授業が始まってしまいますね」
どうやら考え事をしている間に時間が経っていたようだ。
私は本を持ち椅子から立つと、古書の匂いのする図書室を後にした。
(まだ言わん。俺から逃げられないよう、お前を籠の中に閉じ込めるまでは、の)
2009.7・12
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