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仁王柳生
最愛の君に

君がいれば何もいらない。
好き、好き、大好きだよ―比呂。



早朝の通学路。
珍しくいつもより早く目が覚めた俺は、朝練に行くため学校への道を歩いていた。

(あ〜、さっむいのう…)

11月でもやはり、朝は寒い。
猫背の背を更に丸め眠い体を引きずりながら、人気のない歩道をだらだらと歩く。

ふと顔を上げると、前方にこのクソ寒い中でも背筋をピンと伸ばし歩く、亜麻色のサラサラストレート。

その後ろ姿を見た瞬間、口角が上がる。

(早起きは三文の徳、じゃの)

寒さも眠さもどこへやら、猫のように足音を立てずゆっくりとその背に近付くと、左手で右肩を軽く叩く。

「おはようしゃん、やぎゅ」

振り向いた冷たく整った顔に比呂によくそのはしたない笑い方止めてください、と言われる(健気な俺のセックスアピールじゃとは気付いてくれない)顔で微笑む。

「ああ、仁王くんでしたか。おはようございます。しかし君が遅刻ぎりぎりで来ないとは、珍しいこともありますね。普段からこうだといいのですが」

紳士こと俺の愛しいお兄様は、眼鏡を押し上げながらそう冷淡にのたまった。

「柳生が毎朝電話で起こしてくれたら一発で起きるぜよ〜」

百パー本音。
つれないお兄様は絶対してくれないので、ふざけた口調で冗談にするけど。

「いかがわしい表現はやめてください。それに、自分で起きたまえ。それも練習の内ですよ」

…やっぱりの。

学校への道を、前を向いたまま並んで歩く。

「いかがわしく聞こえる柳生がスケベなんじゃ〜。柳生のむっつりスケベ」

ちょっとした仕返し。
こんなに可愛い弟のお願い、一つくらい聞いてくれてもいいじゃろ?

ホントはいつでも、浴びるように比呂の声を聞いていたいのに。

「……仁王くん」

いつもより1オクターブは低い、ブリザードのように冷えた声が左から聞こえた。

(あ、やば…怒っとる)

比呂は昔から、本気で怒ると洒落にならんくらい怖い。
怒っていても話してくれるうちはまだいい。
本気で怒らせると、存在ごと完全に無視される。

隣に俺がいるのに、俺を見てもくれない。

心臓がぎゅうっと締め付けられたようになって悲しくて苦しくて、俺はいつもぼろぼろ泣きながら比呂に謝った。

「冗談じゃ。すまん」

目線を反らし小さく謝る。
自分でも、子供っぽいことをした自覚はある。
昔から比呂のことになると、俺はかなり狭量で大人気なくなる(今も15じゃけど)。

「…はあ。仕方のない人ですね」

比呂は眼鏡の縁に手を当て溜息をつくと、呆れたような笑みを向けた。

そんなの、比呂には全部お見通しなんじゃろうけどな。

「あ〜…今日もD2、返り討ちにしてやるかのう」

腕を上げて一つ伸びをすると、歌うように某二人が聞いたら怒りだしそうなことを言って後ろの比呂を振り返る。

俺の最高のダブルスのパートナーにして最愛のお兄様は、おそらく今俺が浮かべているのだろう好戦的な瞳で、綺麗に微笑んだ。






2009.7・3


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