仁王柳生
歪な約束
「まったく君は…いい加減にしまたえ、仁王くん」
まだ日差しが強い放課後の屋上、給水塔の影。
右腕を枕にだらりと寝そべり顔の上に漫画を乗せた銀色の頭を、眼鏡の縁を押し上げ見下ろす。
その髪の色を見ても違和感を感じることは、だいぶなくなって来た。
「こんな天気じゃけぇ、寝ないのはもったいないじゃろ?」
本を左手で持ち上げ口元に読めない笑みを浮かべると、彼は足元にいる私に楽しむような視線を向けた。
起きていることは知っていたので、返答せずに用件だけを伝える。
「ちゃんと部活に出たまえ、仁王くん。真田くんが怒っていらっしゃいましたよ。私もあなたが来ないと、ダブルスの練習が出来ません」
彼を見下ろしそう言うと、彼は顔の上の本を取りゆっくりと上体を起こした。
「冷たいのう、―比呂は」
不敵な笑みを浮かべ私を見上げるその瞳は―眼鏡の中の私と同じ、琥珀。
「っ学校や外ではそう呼ばないと、約束したでしょう」
その強い視線に堪えきれず、僅かに目線を反らす。
「二人きりならいいんじゃろ?誰も、聞いとらん」
彼は私を見詰めたまま笑う。
―誘うように。
(こんなあなた、私は知らない)
「それに名前で呼んどっても、」
いきなりぐいっと右手を引かれ、バランスを崩した私は彼の片足を跨ぐように倒れ込む。
「まさ―」
「誰も兄弟だとは思わんじゃろ?のう、オニイチャン?」
左耳に吹き込まれた楽しそうな声に、私は眼鏡の奥の、瞳を閉じた。
(歪んでしまった約束。破ったのは私、歪ませたのはあなた)
2009.6・24
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