迦陵頻伽―karyoubinga―
D
リオの白々しい態度に、男はかっとして声を荒げた。
しかしリオはそれさえも鼻で笑うと、ちらりとキョウコのいる室内へ視線をやった。そして意味ありげに口の端を上げた。
「こんなところでのんびりしてないで早く行ってあげたら?あなたの大事な大事なキョウコさんのもとへ」
「――っ」
男は苦々しそうにリオを睨みつけると、焦る気持ちを落ち着けながら控え室のドアを開けた。
「キョウコ」
男が声をかけると、キョウコの背中がびくっと震えた。
キョウコは振り向かなかった。
男に背を向けたまま、鏡の前に座っていた。
「キョウコ……」
もう一度声をかけて、男はキョウコの隣に並んだ。
いったいどうやって言い訳したらいいのだろう。
「キョウコ、あの――」
「――五百万」
突然キョウコが言った。
「え?」
何のことか分からずに、男は目をしばたたかせる。
男の困惑した表情が鏡に映し出される。
そんな男の瞳を、キョウコは鏡越しにじっと見つめた。
「五百万円ですって?あなたが彼女に支払った金額」
「違う、あれは――」
「ずいぶん奮発したのね。たった一晩で五百万だなんて」
「……」
キョウコの声は静かだったが、その唇はわずかに震えていた。
追い詰められた男は気が付いていただろうか。男を断罪しながら、キョウコがすがるような目で男を見ていたことに。
「……否定、しないのね」
男の喉がごくりと鳴った。
何か言わなければと思うのに、口が渇いて言葉が出てこない。
「五百万……。つまりそれが、私と婚約するための値段なのね」
「違う、キョウコ!」
たまらずに男はキョウコにしがみついた。
しかしキョウコは静かに男の腕を引き剥がすと、男に向かって嫣然とほほ笑んで見せた。
ステージに上がる前にいつも見せる『歌姫』としての顔で。
「もうすぐ幕が上がるわ。行かなくちゃ」
「キョウコ、待ってくれ!」
追いすがる男の手を、キョウコは衣装の上に羽織っていたガウンと共に脱ぎ捨てた。
「行ってくるわ、あなた。私の歌、ちゃんと聴いていてね」
そう言って笑う。
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