迦陵頻伽―karyoubinga―
C
「悪かった。昨晩はどうかしていたんだ」
目覚めたリオに、男はそう言って頭を下げた。
そんな男をリオはぼんやりと見つめていた。
「俺に出来ることは何でもする。だから、昨晩のことは忘れて欲しい」
さらに男が言うと、リオは乾いた視線を男に向けた。
「何でも?」
「ああ」
男が頷くのを見て、リオの瞳に何かが閃いた。
「じゃあ、キョウコさんと別れて。私と結婚して」
「え――?!」
男はギョッとして顔を上げた。
「そんなこと出来ないよ」
「どうして?『何でもする』って言ったじゃない」
「それは……」
「じゃあ、約束守ってよ。キョウコさんと今すぐ別れて」
リオは執拗に男を責めた。
しかし男は頑として首を縦に振らなかった。
愛するキョウコとリオをいったいどうしたら比べられるというのか。
リオには悪いが、男にとってリオは一晩の慰めでしかなかった。
男は言った。
「俺はキョウコを愛してる。別れるなんて無理だ」
「それなら私は何なの?ただの遊びだったの?」
リオに訊かれて、男は思わず口をつぐんだ。まさか「その通りだ」と頷くわけにもいくまい。
男が返答に困っていると、リオはキッと男を睨みつけて強い口調で男を罵った。
「卑怯者!」
「リオ、そう感情的になるなよ」
男は何とかリオをなだめようと必死だった。
「私、絶対に忘れてなんてあげないから。あなたとのこと、キョウコさんに全部ばらしてやる!」
リオの剣幕に、男はほとほと困り果てた。
結局、男は母親に相談し、母親は金を積んでリオを黙らせた。
三か月後。
キョウコの船上コンサートは予定通り行われた。
大勢のファンとたくさんのマスコミ関係者で、会場となった船は満杯だった。
男はその様子を見て満足そうに笑い、その笑顔のままキョウコの控え室へ向かった。
だが――。
キョウコの控え室から出てきた人物を見て、男は顔色を失った。
「なんで君がここにいるんだ?!」
咎めるように問い質した男を、リオは鼻先で笑った。
「事務所の後輩が先輩のお祝いに駆けつけたらいけないの?」
「そんなこと――」
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