迦陵頻伽―karyoubinga―
E
「悪いのは私のほうなの、彼は全然悪くないのよ」
うっすらと微笑みさえ浮かべながらカヤは言う。
「主演俳優との情事は映画を盛り上げるためのお芝居で、私の心はいつだって彼しか見ていなかったのに、忙しさにかまけてちゃんと彼に説明しなかったから。きっと彼はとても不安でたまらなくて、一人で思い詰めてしまったのね」
そんなことをぽつぽつと話すカヤのことを、三人はただじっと見つめていた。
「あんな風に彼を追い詰めてしまったのは私なのよ。だから私、彼が刑務所から出てくるのをいつまででも待つつもり。そして彼と二人で一からやり直すわ」
うっとりとカヤは微笑む。
その恍惚とした表情に、マスターも歌姫も、皮肉屋のDですらも、思わず言葉を失ってしまう。
三人の目に、今のカヤはとても幸せそうに映った。
「ごちそうさま。また来るわね」
満面の笑顔を見せて、カヤは軽やかな足取りで店を出て行く。
幸せに満ちた背中を見送ってから、
「やっぱり彼女はまったく気づいてないみたいだ」
わずかに顔を顰めたマスターが、カウンターの下からおもむろに取り出したもの。それはかなり古びた新聞だった。
マスターの手から新聞を受け取り、歌姫はしみじみその記事を眺めた。
そこには大袈裟に強調された文字が躍っていた。
『モデル殺しの犯人、獄中で首吊り自殺』
見出しの横には、カヤの笑顔と彼の顔が仲良く並んでいる。
記事は更にこう伝えていた。
『○○容疑者(29歳)は、恋人だった元人気モデルで女優のサエキカヤさん(当時27歳)を、カヤさんの自宅マンション前で待ち伏せ、持っていた包丁でカヤさんの首や腹などを数回にわたり刺した。カヤさんはすぐに病院に運ばれたが、数時間後に死亡。○○容疑者は裁判で有罪となり、懲役十五年の刑が確定したばかりだった』
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