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迦陵頻伽―karyoubinga―
D
 自分の中に膨れ上がる不満や不安を、彼は必死で抑えようとしていた。
 カヤも必死だった。彼を失うなんてカヤには考えられなかった。
 「私を信じて」
 「信じているよ」
 その言葉と気持ちがあれば乗り切れる。
 そう、彼もカヤも思っていたのだ。

 しかし―――

 まるで二人の想いを踏みにじるように、カヤはある傷害事件に巻き込まれたのだ。

 それは、カヤの女優としての活動が順調に軌道に乗り、初の映画出演が決まった頃のことだった。
 カヤがもらったのは主役ではないがとても印象的な良い役で、カヤと主演俳優のロマンスが囁かれたりしたこともあり、映画の公開前からすっかり世間の話題をさらっていた。映画そのものも、ベストセラーを原作とし、公開されればヒット間違いなしと前評判も高かった。
 事件が起きたのは、ちょうどそんな時だった。 
 映画撮影も無事にクランクアップを迎え、深夜遅く仕事から帰宅したカヤは、マンション前で待ち構えていた男にいきなり首と腹を刺されたのだ。
 幸い一緒にいたマネージャーとスタッフが男を取り押さえ、カヤはすぐに救急車で病院に運ばれたのだが、
 『有名モデル、自宅マンションで男に刺される』
 『痴情のもつれ?恋多き女の誤算』
 当時のマスコミはこぞってそんな風に書き立てた。
 おかげで映画は予想以上に大ヒットしたが、スキャンダルの矢面に立ったカヤはすっかり身も心も疲れ果てた。
 そして、その映画を最後に、華やかな表舞台からひっそりと去っていったのだった。


 「私、思うの」
 スカーフを巻いた首筋に触れながら、カヤは静かに呟く。
 「彼が私を刺したのは、私を深く愛していたからなんだわ」
 そう言いながら首をさする。
 無意識なのだろうか。顎の下から首の付け根の部分を、ゆっくりと何度もカヤはさすり続ける。
 そこには決して消えない傷痕――モデルとしても女優としても致命的なほど大きな傷痕があるのだ。
 愛する男に付けられた一生消えない傷痕が。

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あきゅろす。
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