迦陵頻伽―karyoubinga―
B
マスターは困ったように苦笑しながら、カヤの前に一杯のカクテルを差し出した。
「マルガリータ、お好きでしょう?」
「ありがと」
一言礼を言って、カヤはくいっとグラスを傾ける。
甘く心地好い香りが口中に広がる。舌の上で存分に味わってから、カヤはそれを一気に飲み干した。
一杯目が空になると、すかさず次のグラスが差し出される。
指先でグラスを持ち上げながら、カヤは陽気に問いかけた。
「マルガリータって、これを考えたバーテンが死んだ恋人の名前をつけたってお酒よね。ロマンティックだと思わない?」
「そうですね」
素直に頷くマスターに対して、Dは少し馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「そうかな。俺はそういうのあんまり趣味じゃないけど」
すると、それまで黙っていた歌姫がおもむろに口を開いた。
「あら、私は好きよ。大切な人を想って……なんて、いじらしくて可愛いじゃない」
どこまで本気なのか分からない口調でそう述べると、歌姫は意味深な視線をカヤに向けた。
その視線を受け止めてから、カヤは静かに目を伏せた。
「そうね」
漆黒の長い睫毛が、人形のように整ったカヤの白い頬に憂いを帯びた影を落とす。艶やかに微笑んだカヤの唇とは裏腹に、その影はカヤの顔をひどく疲れさせて見せた。
小さなため息を一つ吐き出してから、
「私の好きだった人も、よく似たようなことをしてくれたわ」
独り言のようにカヤは呟いた。
トップモデル時代から様々な男性達と恋の噂が絶えなかったカヤだったが、実はずっと以前から付き合っている男性がいた。
相手は花屋に勤めている青年で、カヤとは幼なじみだった。カヤがモデルとして有名になる前からずっと傍にいて、いつもカヤを応援してくれていた。
厳しい世界で頑張ってこられたのも、彼の存在があったからだった。
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