その他の短編小説 F 玄関の扉を開けると、駆け足で寝室に飛び込む。 そのままの勢いでベッドに倒れこむと、すがるように枕に顔を埋めた。ギュッと目を閉じても、さっきのカナタさんの笑顔が、目蓋の裏に焼きついたままなかなか消えてくれない。 「あの笑顔は殺人級だよ」 私はそう言って大きなため息をついた。 それからごろんと仰向けになって、薄暗い天井を見上げた。 「また、会えるかな……?」 そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちたのだった。 翌朝、けたたましい目覚まし時計の音で目を覚ました。 びっくりして飛び起きると、ルルとキキが私の足元にお行儀良く並んでいるのが目に入った。 いつもと変わらない朝の風景。 「とっても妙な夢を見た気がするわ」 うーんと唸りながら思いっきり伸びをする。 ルルとキキはまだ眠ったままだ。安心しきったようにスースーと寝息を立てている二匹の顔を見ていると、なんだかとても幸せなあたたかい気持ちになった。 そんな二匹の可愛らしい寝顔に向かって、 「おはよう」 そう言うと、二匹の口がうにゃうにゃと動く。でも起きる気配はまったくない。 「さては、また二人で夜更かししたな」 苦笑しながらルルとキキの額にキスをして、それから、一晩中ずっと開けっ放しにしておいたカーテンをまとめようと、窓のほうへ手を伸ばす。 「ん――?」 妙な視線を感じて、私は慌てて窓の外に視線を向けた。 驚いたことに、あの黒猫がコンクリートの塀の上に優雅に座って、ガラス越しにじっと私を見つめていた。 そして、私と目が合うと、 「ニャオン……」 柔らかなアルトで一声鳴いた。 その瞬間、私の頬がかすかに熱くなった。 「え、何で?どうして?」 戸惑っている私を見て、黒猫はくすりと鼻を鳴らすと、それはそれは魅惑的な微笑を浮かべたのだった。 【おわり】 [前へ][次へ] [戻る] |