その他の短編小説 D 忍び笑いはまだ納まらない。 周囲からのからかうような視線にいたたまれなくなったのか、女子生徒は俯いたまま顔を上げようとしない。恥ずかしさのためか、彼女の頬や首がうっすらと赤く染まっているのが、斜め後ろから彼女を見下ろしている僕にはよく分かった。 (……あれ?) 僕は思わず彼女の首筋に目をとめた。 俯いた彼女の首の右側に、まるで花のような形の痣が浮かんでいる。 (変わった形の痣だな) でも何故だろう。妙に懐かしい気がするのは――。 授業が終わった後、さっさと教室を出て足早に廊下を歩いていこうとする彼女を、僕は急いで呼び止めた。 「あの、ちょっと待って。君――」 「え?」 彼女が振り向き、驚いたように僕を見る。 僕と彼女の視線がぶつかる。 彼女の澄んだ瞳――その奥にある輝きに、僕は言いようのない懐かしさを感じた。先ほど痣を発見した時よりも、もっと強く感じる。 僕はごくりと唾を飲みこんで、思い切って彼女に話しかけた。 「突然で何なんだけど、良かったら君の名前を教えてくれないかな?」 いきなりの僕の質問に、彼女はますます驚いたように目を見張った。しげしげと僕の顔を見つめてくる。 「……ごめん。やっぱり駄目、だよね?」 後先考えず行動した自分に、少し後悔しながら僕が言うと、 「いえ。そんなことありません」 彼女は慌てて首を振り、僕の目を見てにっこりと笑った。 その笑顔に、僕の胸の奥がかすかな音を立てた。言いようのない懐かしさが、胸一杯に広がっていく。 「同じ講義を受けている方ですよね?」 「うん、そう」 僕が頷くと、彼女は笑顔のまま右手を差し出した。 「よろしく」 「あ、うん……」 よろしく、と返しながら、僕は彼女の手をそっと握った。 ――ああ、やっと君を見つけた。 《おわり》 [前へ][次へ] [戻る] |