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A
普通クレマチスの花というのは、初夏の頃から九月ぐらいまで次々と花を咲かせ見るものの目を楽しませてくれる。
だが今年はよほど肥料が良かったのだろうか。それとも何かほかに好条件があったのか。我が家のクレマチスは十一月になっても花を咲かせ続けていた。
その見事な咲きっぷりに、近所の人や道行く人たちから手入れがいいとずいぶん褒められたものだ。
その最後の花が、いま僕の目の前で、力尽きたようにはらはらと散って行く。
ひらひら。はらはら。
ふわり。かさり。
ほんの少し色のくすんだクレマチスの花びら――と言っても、正確には花びらではなく萼(がく)らしいけど――は、名残惜しそうに蔓から離れると、降り積もった落ち葉の上に落下した。
「……」
その様子を眺めていると、何となく物寂しい気持ちになった。
この花とも、来年までお別れか。
長い間馴れ親しんだ花を見られなくなるのはやはり寂しいものだ。
「綺麗な花をありがとう」
思わずそう口にしてから、そんな自分の滑稽さに呆れる。
花に向かってこんなことを言うなんて僕はどうかしている。花に人間の言葉が通じるわけないのに。
でも……。
すっかり花も葉も落ち、枯れ枝のようになったクレマチスの蔓が、秋風に吹かれながらフェンスにしがみ付いている。
これから晩秋を迎え、やがて訪れる長い冬を越えて、また来年も見事に花を咲かせてくれるだろうか。
夏の晴れた空に負けないくらい鮮やかな青い花を――。
「また来年、な」
呟いた僕に、
「それまで私を忘れないで」
地面に落ちた花びらがそっと囁いた。
【おわり】
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