その他の短編小説
B
さあ。それはどうか分からない。
けれど世界――人間の住む現世という意味ではなく、過去や未来や、ありとあらゆるものすべてを含んで存在する世界という意味だ――は、人間が想像するよりずっと平等に出来ている。
命に限りがあるものはその一部しか見ることが出来ないけれど、もしその平等さや秩序を『神』と呼びあらわすことが出来るなら、たしかに神というのは存在するのかもしれない。
いや、きっと人間には必要なのだろう。精神の拠り所となる絶対的なものの存在が。
くだらないと言ってしまえばそれまでだが、あいにくというか幸いというか、私はこれまでに数多くの人間を見てきたおかげで、いくらかは人間という生き物を理解できていると思う。
「それで……」
慎重に言葉を選びながら私は女に問う。
「今、貴女は満足ですか?」
私の問いかけに、女は一瞬驚いたように私の顔を見つめる。
そして、
「……そうね。私、夫にも、子供にも、両親にも、友達にも、そのほかたくさんの人たちに、伝えるべき言葉は伝えたわ」
「どんな言葉を?」
さらに私が訊くと、
「『ありがとう』って」
「それだけ?」
「ええ。だって、その一言で十分だもの」
女は何の迷いもない満ち足りた顔で答えた。
やがて白く輝く浜辺が見えてきた。私はそこへ女を降ろした。
女は船から降りると、足元の砂を見て感嘆の声を上げる。
「なんて綺麗。この砂浜は水晶の粒で出来ているのね」
中でちらちらと白い炎が燃える水晶を両手に掬って、女はうっとりしたように瞳を細めた。
そんな女に、私は前方に広がる青い海を指し示した。
「この白い水晶の道は、あの海の向こうまで続いています」
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