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A
「これでも私、ずいぶん頑張ったのよ。手術も受けたし、やれるだけのことはやったわ。……けれど病気には勝てなかった」
そう語る女の瞳はやけに澄んでいる。
「それでね、もういよいよ打つ手がなくなって、お医者様から余命を宣告された時、残された時間で何が出来るか考えたの。そういう時間が与えられたってことは、ある意味ラッキーなことよね?」
微笑みと一緒に問いかけるような眼差しを向けられたものの、私には返答のしようがない。
何故なら私には寿命がないのだ。命の終わりを知らないものに、どうしてその感覚を理解できよう。
押し黙る私に、女は少し困ったように苦笑すると、
「ああ、そうだったわ。ごめんなさい。ここがどういう場所か、ここに来るまでにさんざん聞いてきたのに。ついうっかりしてしまったわ」
「……」
「これは単なる私の独り言なの。だからそのつもりで、気にしないで聞いてくれる?」
私は無言で頷く。
女はにっこり笑う。
「ありがとう」
礼を言われて何となく落ち着かない気分になる。
別に構わない。そんな言葉を言われなくても、これが私の役目なのだから。
私は黙ったまま櫂を操り、女はまた話し出した。
「やりたいことは色々あったのよ。旅行に行ったり、映画を観たり、美味しいものを食べたり。でもね、よく考えて自分の心に問いかけてみたの。私が本当に一番やりたいことって何だろう、って」
落ち着いた柔らかな声で女は言う。
私には分かっている。その答えを見つけられたからこそ、女は今こうしてここにいるのだ。
「ありがたいことに、私がそれをするための時間は十分あったわ。……ねえ、神様って本当にいるのね」
女はそう言って、満ち足りた笑顔を浮かべた。
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