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A
 もしこの世界に神というものがいるのなら、きっと僕達は神様に見放されてしまったのだろう。
 長い間我が物顔で自由気ままに振る舞ってきた僕達への、それは天罰であったのかも知れない。

 そんなことを考えながら、僕は小さくため息を吐き出した。
 彼女に気づかれないよう、視線だけを家の片隅へと向ける。
 そこには冷たくなった四個の卵。決して生まれることのない、僕と彼女の子供達。
 「……」
 何かを言おうとして、僕はやめた。
 何を言っても無駄なのだ。彼女はあの卵が孵らないことを認めようとしない。
 岩のように堅く冷たくなり、かすかな腐臭さえ放ち始めた卵に向かって、彼女は毎日愛しそうに話しかける。
 「さあ、早く出ておいで、可愛い子供達。その愛らしい顔を、パパとママに見せておくれ」と。
 彼女はこのうえなく優しい声で卵に子守唄を歌う。

 あの卵はただの石ころだ。
 悲しいけれど、卵が孵る事は永遠にない。
 時には厳しい言葉で、彼女にも事実を納得させようとしたけれど、彼女はいつも決まって言うのだ。そんなことはない、と。
 「あなたったら、どうかしてしまったのね」
 そう言って笑う彼女。
 違う。どうかしてしまったのは彼女のほうだ。
 きっと度重なる変事に、彼女の心は耐えられなかったのかも知れない。
 腐った卵を大事そうに抱いている彼女は、もう正気とは言えないのだろう。
 それでも――。

 「なあに、どうしたの?」
 彼女を抱く腕にぎゅっと力を込めた僕を、彼女はほほ笑みながら見つめてくる。
 「……愛しているよ」
 そう言うと、彼女はおかしそうに笑った。
 「変なの」
 僕は祈るような気持ちで、もう一度彼女に言った。
 「愛しているよ」



 「ねえ、見て。とっても綺麗ね」
 うっとりと彼女が指さす先を、僕はただじっと眺めた。
 空が七色に輝き、凍った大地は鏡のようにその様子を映し出す。まるでオーロラが世界全体を支配しているようだ。

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あきゅろす。
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