その他の短編小説
D
対峙する女と僧侶。真剣な顔で何か言葉を交わしている。
妖たちが、そんな女と僧侶を取り囲む。
僧侶が動く。女が叫ぶ。
そして、冷たくなった僧侶の身体を抱く女。女の白い顔も胸も両手も、僧侶の血で真っ赤に染まっている。
「私が殺した」
そう言って、女は泣いた。
――違う!
五百重は激しく首を振る。
僧侶を殺したのは女ではない。女は僧侶を守ろうとした。僧侶もまた女を守ろうとしていた。
愛していたから。
二人は心から愛し合っていたから。
けれど、僧侶は死んでしまった。
女を守るために、僧侶は自らの命を差し出したのだ。
「代わりに私を――」
女は天に向かって叫んだ。
妖である女が、己の立場も忘れて、我を忘れて神仏に願った。
「あの人の代わりに、この私をお連れください。私の命を、どうかあの人に……!」
だがそんな女の必死の願いは叶えられることはなかった。
死の間際に僧侶は女に言った。必ず戻ってくる、と。
「きっと生まれ変わって、愛しいお前のもとに戻ってくるよ。だから待ってておくれ。必ずお前のもとに帰ってくるから」
そう僧侶は女に誓った。
だから女は待った。長い年月、ひたすら待ち続けた。
再び僧侶と巡り会える日を。
愛しい男が生まれ変わって、自分を訪ねて来てくれる日を。
「……私?」
五百重は呆然と呟き、女を見つめた。
女は無言である。無言のままただ微笑を浮かべている。
女の瞳の奥にあるものを見た瞬間、五百重は確信した。そして、慌てて女に詰め寄った。
「何故だ?」
「……」
女は答えない。ただ愛しそうに五百重の顔を見つめる。
「何故なんだ?!」
五百重の問いかけに答えるものはない。
女は口元にほほ笑みを残したまま、その体は風に吹かれて砂のように崩れて消えた。それと同時に桃源郷の景色も霧の様に消え去った。
「何故だ?」
残された五百重はただその問いを繰り返した。
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