その他の短編小説
C
「そんなに返して欲しいか?そんなに愛しいか?」
「お前のような化け物には分かるまい。人を愛しく思う気持ちなど。――お前などに分るはずもない」
五百重は容赦なく厳しい言葉を女に投げつける。
そんな五百重を女は鼻で笑い飛ばした。
「愚かでか弱き人間よ。この者たちを助けたくば、私を殺せ」
そう言う女の目が悲しそうに細められたのを、五百重はまったく気付かない。
五百重は背に負った矢を弓に番えると、無言で女に向けて放った。
「当たれ」
五百重の思いが通じたのか、矢は女の左胸に見事命中した。
しかし、
「こんなもので私は殺せぬ」
女は高らかに笑うと、五百重のほうへ近寄ってきた。
「寄るな、化け物!」
女の目がますます悲しそうな光を宿す。だが、やはり五百重は気付かない。
五百重は何か武器になるようなものがないかと慌てて辺りを見回す。
すると、少し離れた場所に、地面に突き刺さる一本の錫杖が見えた。
(これは神仏の導きか――)
五百重は手を伸ばして錫杖を掴んだ。
五百重の手が錫杖に触れた途端、それは黄金色の輝きを放ち、自ら地面より飛び出した。そしてしっかりと五百重の手の中に納まった。
五百重は錫杖を握り締めると、
「南無阿弥陀仏」
そう言いながら、力いっぱい女の体に突き立てた。
「きゃあぁぁーーっ!!」
女は甲高い悲鳴を上げて倒れ伏す。
女の体から溢れ出た血が飛び散って、五百重の顔面を青く染めた。
(妖(あやかし)の血――?)
五百重は驚いて女の顔を見た。
二人の視線がぴたりと重なった瞬間、女が愛しげに五百重に微笑みかけた。
その顔に見覚えがあるような気がした。
そう思った途端、遠い記憶が走馬灯のように五百重の脳裏を駆け巡った。
次々に五百重の中に流れ込んでくる映像は、めまぐるしく場面を変える。
桃源郷の中に佇む女と、錫杖を持った一人の若い僧侶。
女を取り囲む数え切れないほどのたくさんの妖たち。
妖たちは女に言う。「あの僧を殺して肉を喰らえ。さすればお前は永遠の命を持つ大妖になれる」と。
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