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B
「私が探してくる」
きっぱりとした口調でそう告げた。
その瞬間、集まった村人たちの肩がびくりと震えた。
「五百重(いおえ)」
「必ずみんなを連れ帰る」
「気持ちは分かるが」
「しかしなぁ……」
村の者たちは口々に止めようとした。だが、五百重の意志は固かった。
何故なら五百重には分かっていたのだ。
(みんなが消えてしまったのは私のせいだ)
(私が見る夢の中のあの女のせい―――)
翌朝、五百重は一人で村を出た。
女の居所を見つけるのは容易いことだった。
夢に見たとおりの場所を、記憶の通りにただ辿って行けばいい。
しばらく川に沿って進み、桜の大樹を右に、梅の木を左に折れ、あとは風に乗って運ばれてくる甘い香りを頼りに歩いて行った。
この香りの源に必ずあの女がいる。
やがて五百重が目にしたその場所は、たしかに『桃源郷』と呼ぶにふさわしかった。
春夏秋冬…四季折々の花や実が、季節など関係なく溢れていた。見たこともない極彩色の蝶々が舞い、空には極楽鳥が飛び交う。
しかし、そんな景色も、五百重にはただのまやかしにしか見えない。
「どこだ?望みどおり来てやったぞ」
厳しい声で五百重が問うと、目の前に夢の中の女が現れた。その手に持った透明な玉の中に、行方不明になった者たちが閉じ込められて眠っている。
「みんなを放せ。元に戻せ」
五百重が睨みつけると、女は一瞬、何とも言えない表情で五百重の瞳を見つめた。そして、
「私を覚えていないのか?」
性懲りも無くそんなことを問うてくる。
五百重はさらに強い眼ざしを女へ向けた。
「世迷い言を言うな」
「もう一度よく私の顔をご覧。本当に何も思い出さないのか?」
「化け物め。私はお前など知らぬ!」
五百重の言葉に、女は大きく目を見開いた。
女はひとしきり五百重の顔を眺めた後、手の中の玉を弄びながらにやりと笑った。女の顔が邪悪なものに変わる。
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