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 そこは常世の春の国。
 とりどりの花が咲き乱れ、色鮮やかな蝶々が舞う。

 そこに足を踏み入れたものは、決して戻ってこないという。
 そこがあまりに幸福な場所だから。
 そこには美しい仙女が住まうから。
 そこに棲むと永遠の命を得るというから。

 そこは常世の春の国。
 そこに足を踏み入れたものは、二度とこちら側へ戻って来られないという。





【 桃 源 郷 】






 「なるほど、ここが噂に聞く桃源郷か……」
 呟いた人物は、視線を前方へ向け眉をしかめた。
 視線の先に、この世の春を謳歌する景色が広がっている。
 (まさに夢の通りだ)
 そう思い、苦々しげに唇を噛む。

 夜毎見る夢――。
 あれが真のことならば、自分はどうしてもこの先に足を進めなければならない。
 (行かなければ)
 そう思うものの、躊躇う気持ちが自然と足を止めさせる。
 ふと足元を見れば、自分の膝が震えているのに気がつく。
 (怖いのか?)
 己に問うてみる。
 けれど答えは分からない。
 分からないならば行ってみるしかない。自分の目で確かめるしかない。

 夜毎見る不思議な夢。あれが真のことならば、自分を待つものがこの先に必ずいるはずなのだから。
 「あれは……」
 類稀なる美しい一人の女。それが毎夜夢に現れ語りかけてくる。
 ここへ来て、と。ずっとあなたを待っている、と。

 その顔に覚えなどあるはずがない。その声にも聞き覚えはまったくない。
 ただの夢と片付けてしまえば簡単だった。そんなものは夢の中の幻に過ぎないと笑ってしまうことは造作もなかった。
 けれど、夢の中の女は諦めてはくれない。
 毎夜毎夜飽きもせずに夢の中に現れ続け、それでも無視を続けると、とうとう昼のうたた寝にまで姿を現すようになった。

 昼も夜もその女の幻影に悩まされる。
 正直うんざりした。なぜ自分がこんな得体の知れない女に取り憑かれるのか皆目見当もつかない。

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