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桜鬼―sakuraoni―



【 桜  鬼 】




『桜を見よう』

 あなたが言った。

『今年もまた偕(とも)に桜を見よう』

 そう、あなたが言った。

 私はとても嬉しかった。
 毎年毎年、変わらぬ春を二人で偕に迎えられる。
 ただそれだけで幸せだった。それ以上望むものなど何もなかった。

 けれど、

『忘れていい。私との約束など』

 あなたは言った。

『忘れていい。私のことなど』

 そう、あなたは言った。微笑(わら)いながら。
 嫌だと首を振る私に、あなたは優しく言った。

『忘れておしまい。
 人間は弱い生き物だから、忘れなければ生きていけない。
 忘却は救いだ。生きていくために必要なことだ』

 あなたは言った。
 これから、あなたのいない世界を生きていくために。あなたを忘れろ、と。

 ならば―――

 私は人であることを捨てる。
 私は人でないものになる。
 人外のものに成り果てて、それでもあなたとの約束を待ち続ける。
 それが罪だと言うのならそれでも構わない。私は誰にも許しは請わない。

 私はずっと待ち続ける。
 あなたとの約束が果たされる日を。
 この桜の木の下で……。



*******



 今年もまた桜が咲く。

 私はひとり待ち続ける。

 約束の日を。約束の花を。
 現れることのないあなたを。

 私は永遠に待ち続ける。

 今年もまた桜が咲く。

 私はひとり佇み、花を見上げる。

 優しい花びら。やわらかな色。
 なき人の微笑みのように、花は咲(わら)う。

 今年もまた桜が往く。

 私をひとり残して。
 淡色の花が散る。
 儚い夢。赦しの花吹雪。

 いつか来る約束の日を夢見て、私は目を閉じる。





《了》





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あきゅろす。
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