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D
「うーん、いい気持ち」
私は大きく深呼吸した。
夜風に乗って、どこからか金木犀の甘い香りが漂ってくる。
その香りに誘われるように視線を走らせると、道路の向かいにある公園のブランコが揺れているのが見えた。
(こんな時間に、誰か公園にいるのかしら?)
(まさか、幽霊――?)
ちょっとだけ不気味に思いながらも、好奇心にかられて思い切って近づいて行く。
いつもより少し大胆になっている自分の行動に驚きながら、私は、満月に背中を押されるような気持ちで公園の中に足を踏み入れた。
銀色の薄明かりの中、ゆあんゆよんとブランコが揺れている。
ブランコを揺らしているのは、そっくりな顔をした二人の子供たち。二人はとても楽しそうに、にこにこしながらブランコをこいでいる。
ゆあんゆよん。ゆあんゆよん。
振り子のように大きくブランコが揺れる。
ゆあんゆよん、ゆあんゆよん。
まるで今にも月に届きそうに……。
「……」
私はしばらくの間ぼんやりとその光景を眺めていたのだが、はっと我に返った。
そう、今は真夜中。
こんな時間に、あんな小さな子供たちが、どうして公園で遊んでいるのだろう。どう考えても変じゃないか。
「あなたたち――」
――おうちへ帰りなさい。
そう声をかけようとした私の肩を、
「待ってください」
突然、しなやかな手が背後から引き止めた。
「待ってください」
手と同じくらい柔らかなアルトの声が、背中のほうから聞こえてくる。
驚いて私が振り向くと、そこには息を呑むほど美しい男の人が立っていた。
「あ、あの……」
彼を見上げながら、私は思わず頬を染めた。
彼はそんな私を見ると、薄茶色の瞳を細めて、なんとも魅惑的にほほ笑んだ。
「こんばんは」
「えっと、あの、こんばんは」
おずおずと答えながら、私は奇妙な感じを覚えた。
――あれ?この笑顔、どこかで見たことあるような気がするんだけどな。はて、どこでだっけ?
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