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E
「ナンデ殺サナカッタノサ」
体の中から聞こえてくる不満そうな声に、女は笑いながら答える。
「あんなに強く『死にたくない!生きたい!』って念じられたら、いくら私でも、さすがに手が出せなくなってしまうわね」
あの坊やはちょっと元気がよすぎたわ――。
そう苦笑いする。
「セッカク良サソウナ体ダッタノニ。残念ダヨ」
先ほどとは別の声が、やはり体の中からする。そしてその声に呼応するように、いくつもの声がざわざわと騒ぐ。
「残念ダ」
「セッカク手ニ入ルト思ッタノニ」
「何トモ残念ダ」
「アトモウ少シダッタノニ」
女はその声たちを宥めるように右手で自分の左肩を撫でると、優しく甘い声で囁いた。
「大丈夫よ。慌てなくても、まだまだかわりはいくらでもいるわ」
女の言葉にざわめいていた声はぴたりとやむ。
急にしんと静まり返った中で、女はひとり意味ありげに言う。
「何せここには、『死にたい』なんて思う人間は、掃いて捨てるほどたくさんいるんだもの。かわりなんてすぐに見つかるわ」
女はそう言って、眼下を見下ろす。
いくつもの高層ビルが立ち並び、たくさんの人々が行き交う大都会の街並み。ビルの中からも、駅にも、スクランブル交差点にも、数えきれないほどの人間が溢れている。
その様子を眺めながら、女は楽しそうに笑った。
「ソウダネ」
「ソウダネ」
「ソウダネ」
「ソウダネ」
「ソウダネ」
声たちも嬉しそうに合唱する。
女はにっこりと微笑んだ。
「また探しましょう。心の弱っている人間――魂の弱っている人間を。あなたたちの憑り代になってくれる器を、ね」
女はそう言って、軽く視線をさまよわせる。
そしてすぐに女はきらりと瞳を輝かせた。
「大丈夫。……ほら、もう次の獲物が見つかった」
《END》
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