その他の短編小説
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あなたのそばにいる人は、本当にあなたの知っている人ですか?
見た目や声は同じでも、中身はまったくの別人かも知れませんよ?
ああ、でも。
そんなことは関係ありませんね。
だって、ほら、もしかしたらあなただって―――
【 憑 依 】
その日はとても風が強かった。
僕は一度大きく深呼吸すると、意を決して前へ進んだ。
――もう決めたんだ。こうすることが一番いいんだ。
そう自分に言い聞かせながら。
一番端まで来ると、僕は足を止めた。もうこの先はない。
恐る恐る足下を覗き込む。
うわ……。思ったより高い。
一瞬恐怖が僕の心を鷲掴みにする。けれどここで怖じ気づいては駄目だ。せっかくの決心が無駄になってしまう。
僕は自分の弱気を叱咤する。
さあ、勇気を出せ。一気に行っちまえ。
僕はぎゅっと目をつむった。
靴をきちんと揃えて脱ぎ、そのまま勢いでコンクリートの地面を蹴ろうとした。
だが――。
「ねぇ」
いきなり耳元で甘ったるい声がして、僕は飛び降りるタイミングを完全に逃す。
早鐘のように高鳴る心臓を押さえて、僕はすっかり脱力してその場にしゃがみこんだ。
「……はぁ…っ!」
いったい何なんだよ、おい。
僕は恨めしげに視線を隣に向ける。
僕のすぐ隣に女の人が立っていた。
「悪いわね、邪魔しちゃって」
そんなことを言ってニッと笑う。
なかなかの美人だけど僕よりかなり年上だな――そんな風に冷静に観察する。
「何ですか?」
僕はうんざりしたように聞いた。少しは状況を考えてくれよ。
「あなた、ここから飛び降りる気なんでしょ?」
「……」
「ってことは、つまり死にたいのよね?」
「……」
僕は無言でその女を睨みつけた。なんて無神経な女なんだ!
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