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C
 男は家の中にいた。
 柔らかいソファの上に寝かされ、体には何枚もの毛布がかかっている。
 部屋の中央では大きなストーブが焚かれ、その上に大きなスープ鍋がのっていた。
 自分の置かれている状況がつかめず、男はただただ呆然と室内を眺め回す。
 すると部屋の隅に一人の女が立っていた。女は何も言わず、ただじっと男を見つめている。

 「君が助けてくれたのか?」
 「……」
 こくり。女はただ頷く。
 「ここは君の家?俺はどれくらい気を失っていたんだろう?」
 「……」
 こくり。またしても女は頷くだけ。
 (口が利けないのか?)
 男の女を見る目に、かすかに憐憫の色が浮かんだ。
 女はそれを察したのか、黙ったままフイッと男に背を向けた。
 「待ってくれ――」
 男は慌てて声をかけたが、女はそのまま部屋を出て行ってしまった。



 結局、男は三週間ほどその家に滞在した。

 女はやはり一度も声を発することはなかったが、日が経つにつれ少しずつ男に打ち解けていった。
 三日目には口元にほんの少しだけ微笑を浮かべるようになり、五日目には恥じらうように白い歯を見せた。
 一週間を過ぎる頃には、女は屈託のない明るい笑顔を男に見せ、そして二週間目の朝、男と女はお互いの目の中にある炎に気づいた。

 「俺と一緒に来てくれないか?」
 男は思い切って女に尋ねた。
 女は目をきらきらさせながら頬を染めたが、それは一瞬のことで、すぐに悲しそうに俯いてしまった。
 女のそんな様子に、男はもう一度尋ねた。
 「山を下りて、俺と一緒に暮らさないか?」
 女は弱々しく首を振った。
 「どうして?」
 悲しそうに男が訊くと、女は目にいっぱい涙をためたまま、ただ何度も何度も首を振った。
 男はそっと女に近づき、女の目を覗き込んだ。
 涙に濡れた女の目は、不思議に青く輝いて見えた。

 その瞬間、男の中に激しい衝動が湧き上がった。
 それはあの青い花を見たときの感覚とよく似ていた。

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あきゅろす。
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