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その他の短編小説
A
 都会から遠く離れた山村。そこに男は住んでいた。
 機械文明の便利さに背を向けたような山奥の暮らし。けれどそれを苦に思ったことは一度もなかった。
 男は自分の生まれた村が好きだったし、村の背後にそびえる山々の景色も好きだった。
 その中でもひときわ高い山は昔から村人の信仰の対象で、人がその山に足を踏み入れることは禁じられていた。
 そこは神々の山。だから人間が犯してはならないのだと古くから言い伝えられてきた。

 けれど時代が変わり、人の気持ちもまた変わった。
 文明の波が押し寄せるごとに、神々と山への信仰は薄れていった。
 それでも村人たちは山を畏れ、山に入ろうとはしなかった。
 だがある日、村に見知らぬ男たちが現れた。
 遠い場所から来たその男たちは、世界中の高峰をめぐる登山家だということだった。未開の山を制覇することを生きがいとし、この村と霊峰のことを知ってわざわざやってきたのだという。

 霊峰に分け入ろうとする登山家たちを、村人たちは当然のごとく止めた。あの山がどういう所なのか詳しく話して聞かせた。
 しかし彼らは耳を貸さなかった。
 もとより彼らに山の神への信仰などない。
 登山家たちは村人の制止を振り切って、笑いながら山の中へと消えて行った。
 村人たちは怒り呆れながら登山家たちの背を見送ったが、追いかけてまで止めようとするものはいなかった。
 禁を犯すのは村人たちではない。仮に神罰がくだったとしても、それは見知らぬ男たちに起こること。自分たちの知ったことではない。
 多くの村人たちはそんなふうに考えていた。


 登山家たちが村に戻ってきたのは、それから一週間ほどしてからのことだった。
 全員が軽い凍傷にかかり一人は足を骨折していたが、それでも命を落とした者は一人もいなかった。
 村人たちの反応はさまざまだった。
 改めて山への畏怖心を強めるもの、逆にそれを弱めるもの。
 男は後者だった。

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あきゅろす。
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