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 その花は、天上の花。
 空の青を映して咲く幻の花。
 決して人の手には触れぬ花。
 決して人が触れてはならない花。

 何故ならそれは神に捧げられた花だから。
 何故ならそれは天に捧げられた花だから。
 何故ならその花は、天上でしか咲けない花だから。

 けれど人は望む。
 花を望む。天を望む。

 それは喉の渇きにも似た、
 (人はとても強欲だから)
 とても切実な、
 (身のほど知らずな)
 強く、強く、一途な願い。





【天の花、地の花】






 目の前に広がりはじめた霧に、男は不安そうに顔をしかめた。
 (どうしよう。このままでは道を見失ってしまう)
 ここは険しい山の上。細い崖道から一歩でも足を踏み外したらひとたまりもない。
 男はそう思い、歩くことをやめた。
 霧が晴れるまでここで待っているより仕方ない。
 男は腹をくくり、荷物を降ろしてその場に座り込んだ。

 男は朝からずっと山を登っていた。
 連れはない。一人きりだ。
 男がこの山に登ったことを知る人は誰もいない。誰にも告げず、誰にも見つからないように注意して山へ入ったのだ。
 もしこのまま迷ったり動けなくなったとしても、誰も助けに来てくれない。ひとりぼっちで死を待つよりほかはない。

 禁じられた山に登ろうというのだから、それも仕方のないことだろう。
 男は自嘲気味に微笑った。
 俺はどうかしている、と男は思う。
 たかが花のために村の掟を破って霊域を犯し、今こうして自分の命さえ危うくしているなんて。
 どう考えても正気の沙汰ではない。

 そう。男は正気でなかったのかもしれない。
 あの花をひと目見たときから、男の心は狂ってしまったのかもしれない。



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あきゅろす。
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