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A
 けれど私は知っていた。
 私とあなたの想いが決して同じではないことを。

 あなたは優しい。とても優しい。
 だから「可哀そうな独りぼっちの子供」だった私を放っておけなかっただけ。
 あなたと話すことによって私が少しでも楽になれるなら、あなたにとってほんの少しだけ無駄な時間を割いてあげよう。――そう思っただけ。

 だから私も「あなたが好き」だなんて口が裂けても言わない。
 そんなことをして、この大切な時間を手放したくない。いつまでも一緒に、こうして並んで夕焼けを見ていたい。
 だから、絶対に言わない。



 「デートしましょうか?」
 笑いながら冗談のようにあなたが言った。
 私は内心ドキドキしながら、でも平気なふりをしてこたえる。
 「え?デート?どこへ?」
 「君の好きなところ」
 「どこ?」
 「ほら、この間話してた灯台ですよ」
 ああ、あの場所か……。
 私はうなずいた。


 日曜日の午後、O駅で待ち合わせ。そう決まった。

 当日。午後からの約束なのに、私は朝早くから起きて、髪をブローしたり服を選んだりしていた。
 我ながら馬鹿げているとは思うものの、ついつい細かいところまで気になってしまう。
 デートなんて初めてだ。
 あなたとももちろん初めてだけど、そもそも男の人と二人きりで――特別な気持ちで出かけるのなんて初めて。

 あなたが私の言った言葉をきちんと覚えていてくれたことも嬉しかった。
 でも、考えてみればいつもそう。
 あなたは私の言葉を軽く聞き流すことなんて決してしなかった。そして、一度口にしたことはかならず実行する人だった。
 あなたのそういうところを私はとてもカッコイイと思い、私もそうでありたいと心から思った。


 いつもあなたと見ているチンチン電車に乗って、私は待ち合わせ場所のO駅に三十分も前に着いてしまった。当然あなたはまだ来ていない。
 私は駅の入り口に立って、ドキドキしながらあなたを待っていた。
 あなたはきっかり五分前に待ち合わせ場所に現れて、
 「待たせてしまってすみません」
 いつものように丁寧に笑った。

 そのまま二人で海まで歩く。
 灯台のある公園までは三、四十分かかったろうか。話しながら歩いていたせいか、なんだかあっと言う間だった。

 「海だよぉ〜」
 そんな当たり前のことを言いながら、私は身を乗り出して海を眺めた。
 「落ちないでくださいよ」
 あなたは笑いながら、そっと私の隣に立つ。
 季節外れの海は淋しいくらい静かで、灯台のある公園にも私たち以外には誰もいなかった。
 ビョウビョウと冷たい風が吹きつけて、細かい波のしぶきを舞い上げる。
 「寒くありませんか?」
 「ううん。全然」
 私は笑った。
 だってね、心があったかいよ。
 口に出さずに、心の中でそう言う。

 あなたは黙って海を見ている。
 私も並んで海を見ながら、あなたに気付かれないように、あなたの静かで綺麗な横顔を眺めた。
 このまま時間が止まってしまえばいい。
 そんな陳腐なことを本気で考える。

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