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その他の短編小説
A
 雪の精霊は、来る日も来る日も、空の上から青年を見つめていた。
 青年は、ほとんど毎日のように公園にやって来て、空を眺めてから、しばらく読書をして帰って行く。読んでいる本はその時々によって違い、流行りの小説の時もあれば、何やら難しそうな専門書の時もあった。
 (いったい何をしている人なのかしら?)
 (彼はどんな人なのかしら?)
 心の中に湧き上がる疑問は尽きない。けれど、雪の精霊にそれを知る術はない。高い空の端っこから、ただ青年を見つめていることしか出来ない。
 雪の精霊は、冬の神の娘であり、雪の結晶の化身なのだ。
 もしも地上に降りて、青年に触れたりしたら、あっと言う間に溶けてしまう。
 (それに――)
 雪の精霊の手が少しでも青年に触れた途端、青年の心臓は凍りついてしまうだろう。そうすれば人間の命などたやすく消えてしまうに違いない。

 どんなに想っても、触れることも近付くことも出来ない。
 たとえどんなに恋焦がれたとしても、その想いを青年に伝えることさえ出来ないのだ。
 (人間に恋なんかしても無駄。住む世界があまりに違いすぎるんですもの)
 そう思いながら、視線は勝手に青年の姿を探してしまう。そして、捉えた瞬間釘付けになり、青年から逸らすことは出来なかった。

 雪の精霊は青年に恋をした。
 叶わぬ恋だと知っていたが、それでも雪の精霊は自分の心を止められなかった。

 雪の精霊は、ただひたすら地上を見守り続けた。
 冬の寒気が増し、やがて大雪が降り、青年が公園に来る回数がめっきり減っても、雪の精霊は青年の姿を求めて、毎日毎日公園のベンチを見つめ続けた。
 そしてそれは、雪が溶け、完全に春が訪れるまで、休むことなく続いたのだった。

 (ああ。懐かしい)
 一年ぶりに見た恋しい青年の姿に、雪の精霊の胸は高らかに鳴った。
 (でも、まだ駄目。まだ季節は秋の領分だもの)
 雪の精霊が堂々と地上を見下ろすことが出来るのは、父である冬の神が支配する季節になってから。それには、もう少しだけ待たなくてはならない。
 今はこうして秋の神が支配している空と気の透き間から、ほんのちょっと地上を覗き見することしか許されない。何とももどかしいが、それが四季を司るものたちの決まりだった。
 (もうすぐ冬がやって来る。そうすれば、また毎日のようにあなたを見守ることが出来るわ)
 雪の精霊は、地上の青年に向けてそっと語りかけた。


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