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F
 別れ際、まだ何か話し足りない様子の康介に、私はひらひらと手を振った。
 「じゃあね」
 すると、
 「あのさ……」
 康介はかすかに首を傾げながら、困ったように苦笑いした。
 「俺、千佳子とは別れたんだ。二年前に」
 「そう」
 私はあっさりと頷いた。
 「知ってたわ」
 「……そっか」
 「ええ」
 康介はますます苦笑しながらくしゃりと前髪を掻いた。
 昔、私が好きだった仕草。
 でもそれももう遠い昔のこと。
 「じゃあね」
 私はもう一度手を振った。
 「あ、うん。またな」
 康介もそう言って軽く手を上げる。
 そんな彼にもう一度笑顔を向けてから、私はくるりと踵を返した。

 「咲希――」
 康介が私を呼ぶ声が聞こえたけれど、決して振り返ったりしない。
 だって今日はっきりと分かった。
 私と康介が別れた本当の理由。
 それを今さら蒸し返す気はないけれど、やっと自分の中で納得する答えを見つけることが出来た気がする。
 これでもう何の後悔もない。私の胸が痛むことは二度とないだろう。
 今日が本当に私の恋が終わった日なのだ。

 頬を撫でる爽やかな風と同じくらいすっきりとした気分で私は顔を上げた。
 綺麗な夕焼けが空とそこに浮かぶ雲を薄く染めている。この分なら、明日もきっと良く晴れるに違いない。
 まだ見ない明日。新しい一日。そして、新しい私。
 「さーて、また明日から頑張りますかか」
 恋に、仕事に。
 私にはこれから先もまだまだ長い人生とたくさんのチャンスが待っているのだから。
 時間はたっぷりある。だから、焦る必要なんかない。
 「よし。頑張るぞー」
 暮れていく空に向かって、私は大きく一つ伸びをした。





【おわり】


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