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万華鏡
E
 「冬になる前に、もう一回ぐらいはこうして三人で酒盛りが出来るといいですね、先生」
 「清吉が約束を忘れなければ、次の満月の晩には月見酒が出来るんじゃないかな?」
 彼が言うと、白妙はにっこりと頷いた。
 「大丈夫ですよ。私たちは約束を違えることなんてありゃしませんから」
 「そうだったね」
 彼も笑って返しながら、
 「あ、そうだ。白妙、お前は冬の間どうするんだい?よかったら、お前だけでもここに住まないか?」
 思い出したようにそう言う彼に、白妙は色っぽくしなだれかかった。
 「先生、私と同棲したいんですか?」
 「そっ、そんなんじゃないよ。僕はただ――」
 「分かってますよ。冗談です」
 本気で慌てる彼が可笑しくて、白妙は堪らずにくすくすと笑い出す。

 千年以上もの時を生き、もとは人間に飼われていた家猫であった白妙にとって、こうして人と交わることは決して珍しくはなかった。素性を隠して人と共に暮らしたことも何度となくあった。
 それでも、やはり彼のような人間は珍しい。白妙や清吉の本性を知ってもなお恐れることもなく、かといって好奇心を剥き出しにするでもなく、ただただ純粋に好意を持ってくれる人間。
 (単なるお人好しの変わり者って言えばそれまでだけどね)
 でもそれだけではない。
 それが何なのか言葉にするのは難しいが、白妙にも清吉にも、彼の本当の良さというものがちゃんと分かっていた。

 だからこそ思う。いつか来る別れの日のことを。
 人間と妖、その寿命には大きな差があり、老いを知らない白妙と清吉から見れば、人間の一生などあまりにも短く儚い。人間と関われば、必ず別離の苦味を味わわなければならなくなる。
 今まで幾度となく経験してきた白妙さえ、その悲しみに慣れることはなかった。
 まして清吉にとっては未知の体験である。
 根っからの野生の狐である清吉にとって、人間とは敵対する存在であり、親しく交わる相手ではなかったはずだ。

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あきゅろす。
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