万華鏡
D
清吉はにこにこと笑ったまま白妙を見つめた。
「アタシだって礼儀くらいは弁えてますよ。先生にも姐さんにも、何だかんだとお世話になってますからね。たまにはご恩返しをしておかないと」
「おや、珍しいこと。雨でも降ってくるんじゃないかい?」
そんな風に笑いながら軽口を叩き合う二人を交互に見て、間に挟まれた彼も嬉しそうに笑う。
「ありがとう、清吉。せっかくだからお相伴に与ることにするよ」
「じゃあ、次の満月にでもこちらへ持って来ましょう。姐さんも、忘れずに来て下さいよ?」
そう念を押す清吉に、白妙もしっかりと頷いて見せる。
「はいよ」
それを見て満足そうに頷くと、清吉はさて、と腰を上げた。
「アタシはそろそろ帰ります。先生、美味い秋刀魚をご馳走様でした。土産まで持たせてもらってすみませんね」
「いやいや。見事に丸々と太った秋刀魚だったものだから、つい買い過ぎてしまったんだ。ほかの狐たちにも食べさせてあげておくれ」
「ええ、ありがとうございます」
それじゃ、と言ってさっさと立ち去ってしまう。
両手にたくさんの秋刀魚が入った袋をぶら下げて、振り返ることもなく、あっさりと生垣の向こうへ消えてしまった。
余計な遠慮をすることも馴れ合うこともしない。ここらへんが人間同士の付き合いとは違うのかも知れない。
周囲の人間たちから『変わり者』と呼ばれている彼には、それがまた心地好かったりもするのだが。
清吉がいなくなると、白妙と二人きり、改めて紅葉する山々の景色を眺めていた。
手元には秋刀魚の塩焼きと小ぶりの酒器が乗った小さな膳が置いてある。
徳利に手を触れると、指先がひやりとした。
「ああ、もうすっかり冷めてしまったみたいだ」
「寒くなってきましたからね」
「もう一度温め直してこようか?」
「かまいませんよ」
他愛ない会話をしながら、白妙は笑みをこぼす。その胸の中に、少しばかりしんみりとした気持ちを隠しながら。
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