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万華鏡
C
 「……」
 いつも通りの清吉の、いつも通りの綺麗な隙のない笑顔を見つめながら、彼はそっと溜息を吐いた。
 そんな彼の心中を知ってか知らずか、清吉は愉快そうにくつくつと笑いながら、
 「アタシの遠い親戚が、京都の伏見稲荷に仕えてましてね。と言っても、あっちは神様に仕えるご立派な仙狐(せんこ)で、こっちは悪さばかりしては世間様に厭われる妖狐(ようこ)ですけどね」
 そんなことを言う清吉に、彼は静かに首を振った。
 「ほかの人間がどう思おうと、僕は清吉のことが好きだよ」
 彼のこの言葉に、清吉の目が見開かれる。
 しかし今回は本当に一瞬のことで、彼はそのことに気付かなかっただろうが。

 (まったく……)
 清吉はひそかに苦笑する。
 (このお人ときたら、何だってこんなにお目出度いお人好しなんだろうねぇ)
 呆れるやら微笑ましいやら、何とも妙な気分になってくる。
 いったいどこまで本気で言っているのかと思いつつ、きっと彼のことだから嘘偽りなど一つもないのだろうと内心でまた苦笑いする。
 (まあ、そこが気に入っているんだけどさ)
 白妙には及ばないものの、清吉もかれこれ三百年ほど生きている身である。その長い年月の中で、人間と関わることなど滅多になかった清吉が、まさかこうして人間と肩を並べて語らい、時には酒を酌み交わすことがあるなんて。まったくもって前代未聞の出来事であった。
 それを、目の前の暢気な人間は、果たして分かっているのだろうか。

 もどかしいようなくすぐったいような、少々複雑な気持ちで、清吉は彼に笑いかける。
 「そんなわけで、伏見の狐が、折々に京名物なんぞ送って来てくれるんですよ。つい先だっても、美味い酒をもらいましてね」
 「伏見は酒処として有名だからね」
 「ええ。せっかくだから、先生と白妙姐さんと飲もうと思って、まだ口をつけてないんですよ」
 そう言う清吉に、
 「あら、清さんにしては随分殊勝だこと」
 今まで黙っていた白妙が茶々を入れる。

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あきゅろす。
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