万華鏡
B
探るように清吉を見るが、そこにはいつものように飄々とした顔があるばかりである。
けれど細められたままの瞳は、やはりいつもとは違う色を宿し、まるで清吉が人外のものであることの証を見せられているようだ。
それに瞳のことばかりではない。まるで清吉を包む空気そのものが一変したように思えた。
「ひょっとして、何か気に障るようなことを言ったかな?」
恐る恐る尋ねると、清吉はそんな彼の不安を軽く笑い飛ばした。
「何を言ってるんですかね。そんなことありゃしませんよ。言ったでしょ、『お申し出は有り難い』って」
「でも……」
「こう見えても、アタシはここいら一帯の狐の頭領ですからね。冬には冬で、色々とやらなくちゃならないことがあるんですよ。だからお山を留守にする訳にはいかないんです」
細かいことまでは言えませんけど、とまた笑う。
それなので彼もそれ以上は聞けなくなってしまった。
「そんなことより、先生、伏見の酒はお好きですかい?」
いきなり話題を変えられて、今度は彼のほうが面食らう。
「伏見って、京都の?」
「ええ」
にこり。笑う顔は、もういつもの黒い瞳に戻っていた。
そのことに安堵を覚えながら、一方で少しだけ残念に思えてしまう。未だ彼の知るところではない清吉の妖としての一面に、思いがけず触れられる機会だったのかも知れないのに、と。
(でも……)
やはり知らないほうが良いのに違いない。
人間には人間社会の決まり事があるように、動物たちには動物たちの、そして妖たちには妖たちの決まり事がきちんとあり、そこに人間である彼が興味本位で関わってはならないのだ。
はっきりと聞いたわけではないが、白妙や清吉と付き合う間に、彼も暗黙のうちにそういうことを理解するようになっていた。
悪戯にその領域に立ち入り、結果として二人との縁が切れてしまうことは、彼にとってまったく本意ではない。
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