万華鏡
C
自分でも何を言っているのだろうと呆れつつ、ほかにうまい言葉が思いつかない。
文章を書くことを生業(なりわい)としている身としては何とも面目ないことだが、この穏やかに完成された風景を前にすると、どんな美辞麗句も嘘臭くなってしまうような気がした。
すると、
「おい、相模。お前、本当に小説なんて書いているのか?」
眉間に皺を寄せ、いかにも心配そうに岩谷が尋ねてくる。
「書いてるさ」
かすかに顔を顰めながら彼が答えると、岩谷はやれやれと言うように首を振った。
「果たしてお前の本を買うような奇特な人間などいるのかね」
「失礼な。ほどほどには売れているよ」
「ほどほど、ねぇ」
くつくつと岩谷が笑う。
「ほどほど、さ」
つられたように彼も笑った。
そんな他愛無い会話を交わしながら、ただゆっくりと時間が流れていく。
まるでこのまま永遠に続くように。
しかしどんなことにも終わりは訪れるのだ。
しばらくすると、
「さて。そろそろ時間だ」
そう言って岩谷が立ち上がった。
「もう行くのか?」
思わずそう尋ねた彼に、岩谷はにこりと笑ってみせる。
「ああ」
「また来るんだろう?」
名残り惜しく感じられて、ついそんなことを聞いてしまう。すがるように岩谷を見た。
そんな彼の様子に驚いたように、かすかに目を見開いた後、岩谷はその視線を遠くへと向けた。その横顔はとても静かで、その瞳は限りなく澄んでいた。
「そうだな。また……」
岩谷はじっと空を見つめてから、改めて彼のほうへ振り向いた。
「また、逢えるさ」
そう言った岩谷の目元がふわりと綻んだ。
一瞬、時間が止まる。
息を呑んで、彼は岩谷をじっと見つめた。
その静寂を解くように、岩田は明るい笑顔を彼に向けた。
「じゃあな、相模。元気でな」
軽く片手を上げると、さっさと土手を下って行く。
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