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万華鏡
B
 「岩谷……」
 不安になって名を呼ぶと、岩谷はまた笑った。
 「どうした?」
 問われたものの、すぐには返事が出来ない。
 もう一度会えたなら言いたいことはたくさんあった。聞きたいこともたくさんあったはずだ。それなのに、いざこうして岩谷を目の前にしてみると、それらはすっかりどこかに吹っ飛んでしまっていた。
 いや、また会えるなんて誰が本気で思うだろう。この前の邂逅だって、あり得ない奇跡であったのに。
 その奇跡が再び起こった。思いがけない再会に、まだ幾分戸惑いが消えていない。

 そこでふと思い当たる。
 岩谷は何故今こうして彼の目の前に現れたりしたのだろう。
 「どうしたんだ、相模?」
 もう一度、岩谷が問う。
 彼の顔を覗き込む岩谷の目はあくまでも柔らかく穏やかだ。どう見ても迷い出てきた者の瞳ではない。
 何か彼に話があるのだろうか。それとも本人の言うように、単にこの陽気と風景につられて出てきただけなのだろうか。
 「何だよ、可笑しな奴だな」
 そう言って屈託なく笑う。その岩谷の笑顔がどうしようもなく懐かしかった。
 「……」
 岩谷が現世に来た理由などどうでもいい。またこうして会うことが出来た。それだけで十分ではないか。
 彼はそう考え、何でもないと首を振った。岩谷も敢えてそれ以上は尋ねてこない。

 そのまま二人並んで、里山の秋の景色を眺めていた。
 雲ひとつない秋の空を、一羽の鳶が輪を描きながらのんびり滑翔して行く。足元では、少し斜めから差し込む日の光に照らされて、白く可憐な野菊の花が揺れている。
 時折どこかから聞こえてくるのは鳥の声だろうか、それとも蛙の声だろうか。
 のどかでありながら、生命に満ちた世界が広がっていた。
 「胸に染みるような景色だな」
 そんなことを言う岩谷に、彼も素直に頷いてみせる。
 「ああ。『綺麗』なんて言葉が陳腐に感じられるくらい、何て言うか、当たり前の美しい眺めだよ」

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