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万華鏡
A
 「……岩谷(いわたに)」
 呟くように言いながら、自分の隣に立つ男の顔をじっと見つめる。くっきりとした輪郭に、これが幻覚でないことを確認しながら。
 前に現れた時にも、この友人はこうやって何の前触れもなく彼のもとにやって来た。その登場はあまりにも鮮やかかつ自然であり、あの時も今も、彼がこうしてここにいることにまったく違和感を感じない。
 しかし岩谷が幽界へと旅立って久しい。本当なら二度と会えない相手である。
 そう思うと少しだけ切なくなった。

 「こんな昼の日中から出てくるとは、ずいぶんといい度胸じゃないか」
 少しばかり意地悪な彼の言葉に、岩谷はまったく悪びれる様子もなく、気持ち良さそうにひとつ伸びをした。
 「いいじゃないか、別に。こんなに気持ちのいい日和なんだ。俺だって散歩くらいしたくなるさ」
 そんなことを言ってにっこり笑う。
 幽霊が散歩なぞするのかと心の中で悪態をつきつつ、生前と変わらないその笑顔に、胸の奥がツンとするような感傷を覚えた。
 それを誤魔化すように、彼はわざとぶっきらぼうに言い放つ。
 「まったくいい加減な奴だな、お前は。幽霊になってもちっとも変わらない」
 彼の言葉に、岩谷はひょいと片方の眉を上げてみせる。そんな仕草さえ昔のままだ。

 こうして横に並んでいると、本当に何一つ変わらないように思える。いや、実際に変わっている所など一つもないのだ。少なくとも見た目は。
 だが、いま目の前にいる岩谷は、彼が見知った岩谷とは明らかに違っていた。髪も目も手も足も、何もかもが生きていた頃の姿そのままであるのに、岩谷からは――何と言うか『生命』の気配というものが微塵も感じられない。
 形こそ見えてはいるが、岩谷の存在は空気と同じだ。確かにそこにあるはずなのに手ごたえを感じることは出来ない。少しでも彼が拒否しようものなら、この姿も声もあっという間に掻き消えてしまうのかも知れない。

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