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万華鏡
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■曼珠沙華■





 小高い土手の上に立つと、冷たい風が耳元を走り抜けて行く。
 新しい季節を迎えた山々は所々美しい錦の衣をまとい、すっかり収穫の終わった田んぼでは刈り取られた稲がはさがけにされていた。竹の棒に一列に並び天日に干される黄金色の稲穂は、都会では見ることの出来ない豊かな秋の風物詩だ。
 その近くに曼珠沙華の花が咲いている。
 別名を『彼岸花』。ちょうど秋の彼岸の時期に咲くからそう呼ばれるのだが、よく墓場などで見かけるためか気味悪がられることも多い。
 『死人花(しびとばな)』、『幽霊花』、挙句の果てには『地獄花』などという有り難くない異名もあり、人や地域によっては不吉であると忌み嫌われる。花にとっては甚だ迷惑な話である。

 しかし、ここでは邪険に扱われることもなく、田畑の斜面や畦道などあちこちに群生していた。
 反り返った細い花弁の鮮やかな朱色が誇らしげなようでもあり、狭い一所に重なるように咲いている様子は何だかいじらしくも思える。
 遠く広がる山並みと行儀よく並んだはさがけ、それに曼珠沙華の花たち。
 写真にでも撮りたいような光景だと思いつつ、一方で、移りゆく時間は決して止まることなく流れていくからこそ美しいとも思う。その一瞬を無理に引き止めようとするのは、人間の悲しい性(さが)であるのかも知れない。

 しんみりとそんなことを考えていると、またしても冷たい風が彼の耳を弄った。
 ピューと甲高い音を鳴らしながら、風は気ままに秋の空へ駆けて行く。
 「――」
 次の瞬間、何故だかふと懐かしい気配を感じて、彼は傍らを振り向いた。しかし誰もいない。
 さては気のせいだったかと視線を戻そうとした時、
 「久しぶりだな、相模(さがみ)」
 聞き慣れた声がした。
 彼は慌てて振り返り、そこに旧友の人を食ったような顔を認めると、心底呆れたようにため息を吐き出した。

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