万華鏡
A
笑った顔や、少しだけ怒った顔。すらりとした容姿と、気持ちよくさくさく歩く後ろ姿。いつもまっすぐに彼に向けられる澄んだ瞳。そして、実は作家である彼以上に文才に長けているところ等々……。
そのひとつひとつを、彼が懇切丁寧に説明しようと口を開こうとした途端、
「ああ、もういいです」
呆れたように遮られた。
「え?」
「今の先生の顔、それだけで十分わかりました」
「は?」
キョトンとする彼に、雪枝はたまらず吹き出した。
「先生ったら、とろけちゃいそうなくらい甘い顔をなさって。唐変木な先生にそんな顔をさせるなんて、よほど素敵な方なんでしょうね」
「……と、唐変木とは何ですか?」
雪枝の失礼な物言いにいささか辟易としながら、それでもそれ以上言い返せないでしまう。実際、彼が許婚の彼女に寄せる想いは、雪枝の言うとおりなのだから。
珍しく頬など赤らめた彼を見て、雪枝は今度こそ声を立てて笑った。
「さて、と」
手紙に封をして、受け取り人の名前を丁寧に記す。
「今度の話は楓(かえで)さんの気に入ってもらえるかな?」
笑いながら窓の外を見た彼の手元に、ひとつぶの雨の雫がぽつりと舞い落ちてきた。
つられたように視線を上げると、灰色の雲の隙間から思いがけず鮮やかな青空が見え隠れしていた。
もうじき夏が来る。
《終わり》
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