万華鏡
B
しみじみと懐かしさがこみ上げてきて、私の顔に知らず知らず笑顔が浮かんだ。
おそらくみっちゃんも私と同じ気持ちだったに違いない。
「よくここで遊んだよね」
「うん」
「たんぽぽ、だいぶ少なくなっちゃったね」
「うん」
私の言葉に、みっちゃんは目を細めて頷いた。
それから、ふいに、みっちゃんがこんなことを言った。
「ねえ、知ってる?たんぽぽの花言葉って『別離』って言うんだって」
「え、そうなの?何だか意外」
「うん。私も何でそんな花言葉がついたのかは知らないけど、もしかしたら、白い綿毛が風に吹かれて飛んで行く様子が、そんな言葉を連想させたのかもしれないね」
「そうなのかなぁ?」
無邪気で鮮やかな色には相応しくないような気がして、私は不満そうに首を傾げた。
そんな私を横目で見ながら、みっちゃんはたんぽぽの綿毛をひとつ手に取った。そのままふうっと息を吹きかける。
「わあ……!」
春の宵空にたくさんの白い綿毛が散らばった。
薄紫色に染まる空を背景に、真っ白な綿毛は、時折きらきらと光りながらゆっくり飛んで行く。
私もみっちゃんの真似をして綿毛を飛ばす。
みっちゃんと私の二人分――たんぽぽ二つ分の綿毛が風に乗り、気持ち良さそうにふわふわと空高く昇っていった。
「綺麗だね」
私が言うと、みっちゃんもこくりと頷いた。
「思うんだけど……」
手に持ったたんぽぽの茎をくるくると弄びながら、みっちゃんはそんな風に話し出した。
「たんぽぽの花言葉、『別離』より『旅立ち』のほうが似合ってると思わない?」
「旅立ち?」
「だって、ほら、あんなに悠々と空を飛んで行くんだもん。なんかすごく楽しそうだよ」
笑顔で空を指さすみっちゃんの白い手を見つめながら、
「うん。そうだね」
私も笑顔で頷いた。
みっちゃんと話したのはたったそれだけ。たんぽぽの花言葉のことだけだった。
いったい何だったのだろうと思わなくはなかったけれど、私は大して気にかけなかった。
(用があるなら、きっとまた来るよね。こんなに近所なんだし)
そう思ったからだ。
けれど、それきりみっちゃんが私を訪ねてくることはなかった。
それなので私もすっかりみっちゃんの存在を忘れていた。
私がやっとみっちゃんのことを思い出したのは、母との会話がきっかけだった。
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