万華鏡
H
「先生ったら、こんな時間に大きな袋を二つもぶら下げて。本当に、いったい何をしているんですか?」
「ああ、これね。こっちは花枝さんへのお土産なんですよ」
「姉さんに?」
差し出された紙袋を受け取り、雪枝は中を覗き込む。
「まあ、梨を。こんなにたくさん。ありがとうございます。きっと喜びますよ」
雪枝に礼を言われ、少し照れたように笑いながら、彼は玄関のほうへ視線を向けた。
「何だか賑やかですね」
彼の言葉に、雪枝は心底嬉しそうに顔をほころばせた。
「産まれたんです」
「え?」
「昼過ぎから産気づいて、ついさっき、やっと」
「赤ちゃんですか?」
「ええ」
どこか誇らしげに答える雪枝に、彼もつられたように笑った。
それに合わせるように、中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「ああ。とても元気な良い子ですね」
「はい」
雪枝はまたも誇らしそうにほほ笑む。
そんな雪枝の笑顔を見つめながら、赤ん坊の声に耳を澄ます。体いっぱいで自分の存在を主張するかのように、生命力に満ち溢れた声だった。
「あ――」
ふいにあることを思いついて、彼は雪枝に尋ねた。
「もしかして産まれたのは男の子じゃありませんか?」
彼の言葉に、雪枝は驚いて声を上げた。
「そうです。よく分かりましたね、先生」
「ああ、やっぱり」
雪枝の返事を聞いて、彼はようやく納得した。
先ほどまで自分が話していた小さな男の子。瞳をキラキラさせながら再会を約束してくれた男の子。
おそらく、あの子は―――。
「迷いながら生まれ、迷いながら生きていく」
ひとまずそれがあの子の出した答えなのだろう。
これから、あの純粋な瞳はいったい何を見つけていくのか。
「ようこそ、此処へ」
彼の口から、思わずそんな言葉がこぼれていた。
《終わり》
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