万華鏡 F 彼はおだやかな口調で話を続けた。 「そう。この世の中にはたくさんのものがあるだろう。綺麗なもの、不思議なもの、楽しいもの。そればかりじゃなく、中には汚いものも、出来れば見ないで済ませたいものだってある」 「……うん」 男の子はこくりと頷く。その表情がやけに大人びていた。 「そうやってたくさんのものを見ているうちに、自分がいかに何も知らないかということを思い知らされるよ。だから色々な事を知りたくなるんだ」 「……」 目を見張るようにして彼の顔を見つめる男の子に、彼はやわらかくほほ笑んだ。 「君の質問の答えにはなってないかも知れないけれど、生きる意味ってたくさんあると思うんだ。それは、人それぞれ違うものだろうし、何が正解ということもない。ただ僕にとって、『知りたい』と思う事の答えを見つけることも、そのたくさんの中の一つなんだよ」 「ふうん……」 彼の言葉に、男の子はじっと考え込んでいた。 「何だか曖昧な返事でごめんね」 素直に彼が謝ると、男の子は「いいよ」と言って笑った。 それから、 「知りたい事を知る、か。それって楽しい?」 そう尋ねてきた男の子の声には、先ほどまではなかった張りがあった。どうやら男の子の中に大きな好奇心が芽生えたらしい。 真っすぐに向けられた純粋な瞳に、彼はにっこり笑いかけた。 「ああ、楽しいよ。自分がまだ知らないものや、その答えを見つけていく事はとても楽しいと僕は思う。だから、嫌な事もいっぱいあるけど、生きていくのってそんなに悪くないと思うんだ。……単に僕がおめでたいだけかも知れないけれどね」 そう言って、彼は子供のように無邪気に笑った。 男の子はただ黙って彼を見つめていた。 いつの間にか夕陽が沈みかけていた。 夕焼けを浴びて、彼の顔も男の子の顔もうっすら朱色に染まる。 鳴き声につられて上を向けば、暮れて行く空を背に、ねぐらに帰る烏が数羽連なって飛んで行くのが見える。 それを見て、彼ははっと我に返った。 [前へ][次へ] [戻る] |