万華鏡
F
「あれ?」
念のため道に出て女性の姿を探してみたが、やはりどこにも見当たらない。
「お客様、もうお帰りですか?」
玄関からひょっこりと顔を見せた雪枝に、
「さあ。どうもそうらしい」
「え?」
「いや、あっと言う間に居なくなってしまったんだよ」
「何ですか、それ」
やはり先生は暢気ですね、などと笑われてしまった。
思わず眉間に皺を寄せ掛けた彼に、雪枝はますますおかしそうに笑った。
それから数日後の夜のこと。
居間でぼんやり寛いでいると、ふいにカタカタという音が聞こえ出した。
雪枝はとうに帰ってしまっているし、いったい何だろうと思っているうち、音は次第に大きくなっていく。
そして、しまいには屋根裏から派手な足音が聞こえ始めた。
ドタドタドタ。
バタバタバタ。
「ふぎゃぎゃぎゃーーっ!」
とうとうすぐ頭上から奇妙な叫び声まで聞こえてきて、彼はびっくりして飛び上がった。
「何だ何だ?!」
薄気味悪さにじっと息を潜めていると、またしても大きな音が聞こえてきた。
たくさんの足音と争うような音と、動物のものらしい悲鳴。
「おいおい。いったい何が起こっているんだ?」
例の鼠たちが騒いでいるのだろうか。それにしても、いつもとはあまりに様子が違う。
音はしばらく続いた後、急にピタリと止んだ。
彼が恐る恐る天井の様子を伺っていると、
――ガタン。
突然、屋根から縁側に向けて何かが飛び降りたような音がした。
「ひっ!」
思わず悲鳴を上げてしまってから、そんな自分が恥ずかしくなってしまう。
「落ち着け、落ち着け。何も物の怪が出たわけでもあるまいし」
そう自分を叱咤しながら、彼は思い切って縁側に出た。
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