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万華鏡
A
 そう。彼がここしばらく面白味のない食事を続けているのも、こうして自宅の台所をうろついているのにも、それなりの理由があるのだ。
 通いのお手伝いをしてくれている山村雪枝(やまむらゆきえ)が、しばらくの間休みをとっているのである。
 隣村に嫁いだ雪枝の実姉がお産のため里帰りしているので、その姉の面倒を見てやりたいと雪枝が言い出したのが一週間ほど前。もちろん彼は快く承知し、雪枝は喜んで休みをとることにしたのだが。
 結果的に、彼はひどく不自由な生活を余儀なくされた。

 実はこう見えて意外と料理が得意な彼なのだが、そもそも料理とはそれを食べてくれる誰かがいるから作るのも楽しいのであって、自分ひとりのために何くれと手間をかける気にはなれない。
 こういう時、許婚の柚木楓(ゆずきかえで)がそばにいてくれたら、さぞ楽しかったろうと思う。「美味しい」と喜んでくれる楓の笑顔を見たいために、彼はまんざらでもない料理の腕前を惜しみなく披露したに違いない。
 しかし当の楓は現在仕事のため海外へ行っている。
 遠い異国の地にいる許婚に思いを馳せながら、彼はぶらぶらと書斎へ戻って行った。

 「困ったな」
 食料はない。しかし腹は減っている。
 へこんだ腹をさすりながら、彼は先ほど何処からか漂ってきた美味そうな匂いを思い出した。
 その途端、グウと腹が鳴る。
 「……今日は我が家も秋刀魚にするか。少し多めに買って、白妙と清吉(せいきち)に分けてやるのもいいな」
 すっかり馴染みになった猫又と化け狐の顔を思い浮かべて、彼はしきりに頷いた。どうせなら酒と一緒に届けてやろう、などと思うあたり何とも人の好い男である。
 もっともそんな暢気な性分であるために、そういう人外の者らとも、何の疑問も感じずに親しく付き合っていけるのだろうが。
 そこが彼の長所であり短所でもあり、また彼が周囲から「変わり者」と呼ばれる所以でもあるのだが、当の本人は一向に気づいていない。
 この相模遥一郎(さがみよういちろう)という人間、どこまでも暢気なお人好しである。

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