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万華鏡
C
 相模遥一郎という人間は、どういうわけか常識では計り知れない事象に出会うことが多いらしい。そして、何かあるごとに、それらを事細かに手紙に書いて寄越してくれる。
 猫又や化け狐と友達になったとか、柳の木の精霊から種を託されたとか。なんと蛙に説教されたこともあるらしい。
 彼女はそんな手紙を読むたびに、いつも楽しくなって嬉しくなって、そして、ほんのちょっぴり彼のことが羨ましくなる。自分も彼と一緒にそういうものたちと出会えたらどんなに素敵だろうと思う。
 田舎でのびのびと自由に暮らす彼と、都会で色々なものに縛られて暮らす自分が、どこか近いようで遠いようで、何とも表現しがたい気分になるのだ。
 もしかしたらそれは、彼女自身も気づいていない寂しさなのかも知れない。

 甘やかな気持ちの中に、少しばかり混じる苦味を感じながら、彼女は慎重に手紙の封を切る。
 綺麗に三つ折りにされた便箋を開くと、その中から何かがはらはらとこぼれ落ちた。
 「これ……」
 机の上と彼女の膝の上に落ちてきたのは、淡い淡い薄桃色の花びらだった。  「桜?」
 そっと一枚だけ指でつまむと、柔らかな花びらの感触が指先にしっとりと馴染んだ。


『楓さん、お元気ですか。
 そちらでは疾うに桜の花も散った頃でしょうが、こちらはいま山桜が盛りを迎えています。
 染井吉野や牡丹桜に比べると大分地味ではありますが、それらとはまた違う風情があって、見る者たちの目を存分に楽しませてくれます。
 楓さんにもぜひお見せしたくて、一枝拝借しようかと思ったのですが、それは桜の樹に気の毒なので、こうしておすそ分けの花びらを送ることにしました。
 僕が暮らすこの山の色や匂いを、少しでも楓さんにお届けできると良いのですが。』


 桜の花色を生かすためなのだろうか。いつもとは違う薄水色の手漉きの和紙の便箋に、ただそれだけが書いてあった。

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