万華鏡 A 仕事のことはともかく、いくら実の兄とは言え、結婚のことまで偉そうに説教をする資格などないのではないだろうか。しかも仕事場で。 彼女は兄の言動に甚だ憤慨し、またしても兄と一戦交える結果となったのだった。 とは言え、彼女にも兄の言うことが分からないわけではない。 日本独自のやり方や考え方、古くからの風習や伝統、そういうものは確かに大切だ。仕事においても家庭においても、そういう日本人特有の美徳というものが存在し、また今日の日本を支えているというのもちゃんと理解している。 けれど、古いものを重んじることと新しいものを否定することは違うはずだ。 そこらへんの思考の違いから、彼女と兄はしばしば反発してしまうのだった。 「一葉(かずは)は母さん似で、楓(かえで)は私に似たからな」 彼女の父はいつもそう言って笑う。 父の言うとおり、母という人は『良妻賢母』を絵に描いたような人で、そのせいか考え方もかなり古めかしい。おおざっぱで新しもの好きな父とはまったく正反対である。 まるで対極にあるような父と母が、実はかなりの大恋愛の末に結ばれたというのは、彼女にとっていまだに信じがたい事実だったりする。 それに彼女が父に似ているというのも彼女には納得しかねる。少なくとも自分は父のように軽くはないし楽観主義でもない、と彼女は思っていた。 けれど、そんな父のおかげで許婚である相模遥一郎(さがみよういちろう)にも出会えたわけで、そのことについては本当に感謝している。 今日びの日本で、彼のような男性と巡り会えることは難しいだろう。 彼女自身も自分はかなりの変わり者だと自負しているが、遥一郎も相当な変わり者だ。どこがどうとはうまく説明できないが、とにかく変わっている。 少なくとも、遥一郎が彼女に対して『良妻賢母』を求めているのでないことは明らかだ。 [前へ][次へ] [戻る] |