万華鏡
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「あっ――」
私は思わず自分の目を疑った。
その写真の中に、あの桜並木の少女の姿を発見したからだ。
面差しは大人びているが間違いない。たしかにあの時の少女だった。
「おい。この女性(ひと)は誰なんだ?」
僕は写真の中の彼女を指さしながら、慌てて友人に尋ねた。すると友人は眉を寄せながら答えた。
「それが例の見合い相手さ」
「……」
それから私がどんなことをしたか、たぶん容易に想像がつくだろう。
私は友人と友人の父親に頼み込んで、彼女の縁談相手に私を推薦してもらった。ただし、「もし実際に会ってみて、彼女が少しでも僕のことを嫌だと感じた場合は、すぐにこの縁談を白紙に戻して欲しい」という条件をつけて。
あれは、私にとって人生最大の賭けだった。
昔とうとうもらえなかった手紙の返事を、今度こそ彼女にもらえるかも知れない。あの時、私は勝手に彼女に嫌われたと思っていたが、もしそうでないのなら、もう一度だけチャンスが欲しい。
いや。もしかしたら彼女はもう自分のことなど忘れているかも知れない。けれど、それならそれで、私という人間を改めて彼女に見て欲しい。
――そんな風に思っていたのだ。
結果的に、私の思惑は上手くいったわけだ。
縁談話は順調にすすみ、私たちは交際を始めた。それからしばらくして結婚し、子供にも恵まれた。そうして、ずいぶん長い時間を彼女と共に過ごしてきた。
私はその間とても幸せだった。そして、もちろん今も幸せだ。
ねえ、君。
たぶん君は、私が君にあげた手紙のことなどとっくに忘れているだろうね。
だからいつかもう一度君に手紙を書くよ。
いつか――そうだね、私と君がもう少し年を取って、君があの頃のことなどすっかり忘れてしまったら。その時は、また君に恋文を送ろうと思う。
桜色の便箋に瑠璃色のインクで、僕はきっとこう書くよ。
『いつもすぐ隣であなたを見ています。
僕は、あなたが好きです』
《終わり》
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