万華鏡 E 彼はもう一度目の前の女性の美しい顔を眺めた。 「どうしてあなたがこの傘を持っているのですか?」 先ほどと同じ質問をすると、女性は笑顔を濃くした。 「仔猫たちから預かってきました」 「……」 いったいどういう意味だろう。 もしかしてあの仔猫たちの飼い主でもあるんだろうか。 彼がその疑問を口にしようとしたとき、 「ここのお宅には鼠がいらっしゃるようですね?」 天井のほうを見つめながら、突然女性が言った。 「ああ、そうですね。僕がこの家に越して来る前からいるらしいです。なかなか頭の良い奴らでしてね、鼠捕りを仕掛けてもなかなか捕まらないのですよ。しょっちゅう米やら菓子やらを喰われています」 いったい何で初対面の女性とこんなことを話しているんだ、と疑問に思いながら、それでも彼は懸命に説明した。 女性は彼の言葉に納得したように頷くと、彼の顔を見てにっこりと愛想よく笑った。 「よかった」 「え?」 「あなたにどうやって恩返ししようかとずっと考えていましたが、たった今決まりましたわ」 「は?」 大きな疑問符を頭上に浮かべる彼とは裏腹に、女性はすっきりしたような顔で丁寧に頭を下げる。 「では、後ほど改めてお礼に参ります」 そう言うと、 「いや、あの――」 引き止める彼を客間に残し、さっさと廊下へ出てしまう。 「ちょっと待ってください」 彼も慌ててその後を追う。 彼が追いついた時には、すでに玄関のガラス戸に女性の背中が映っている頃だった。 (なんとも素早い) そう思いつつ、女性が締めかけたガラス戸に慌てて手をかける。 「待ってください」 ガラリと開け放った戸の向こうに、しかしもう女性の姿はなかった。 [前へ][次へ] [戻る] |