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万華鏡
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 ――困ったな。もしこのまま受け取ってもらえなかったら、僕はいったいどうしたらいいのだろう。
 そう考えて、些かいたたまれない気持ちになっていると、彼女の友達が助け舟を出してくれた。
 「ほら。ぼやっとしてないで」
 「さっさと受け取りなさいよ」
 その声に促されるようにして、彼女は私の手紙をぼんやりと受け取った。
 良かった。とりあえず手紙を彼女に渡すことが出来た。
 「ありがとう」
 私はそう言ってさっと頭を下げると、早足で坂道を下りて行った。

 その日一日中、私は意味もなく興奮していた。
 今思えば、片恋の相手に手紙を渡したくらいで浮かれるなんて、まったくあの頃の私はなんて初心(うぶ)で単純だったのだろう。
 けれど、私にとって、それは今までに一度も経験のない出来事だった。
 見ず知らずの女性に手紙を渡すなんて。しかもそれが恋文だなんて――。

 しかし、そんな私の昂奮はあっと言う間に冷やされた。
 次の日から、彼女は私のことを避けるようになってしまったのだ。桜並木越しに私が視線を送ると、さっと友達の影に隠れてしまう。
 どうも私は彼女に嫌われてしまったらしい。そう思うと胸が痛んだ。
 いっそあんな手紙など渡さないほうが良かったと思わなくもなかったが、あのまま日々鬱々としているよりはずいぶんマシだったろう。たとえただの自己満足だとしても、私は自分の行為を後悔してはいなかった。

 彼女は時折ちらちらと桜並木越しに私を見ていることがあったが、私が彼女のほうを見るとやはり視線を逸らしてしまう。うつむいた彼女の頬はうっすらと桜色に染まっていた。
 ひょっとして、嫌われたわけではないのだろうか?
 私はそのたびに一喜一憂し、いつか彼女のほうから、二人の間に横たわるこの道を越えてきてくれやしないかとかすかな期待をしていた。
 そうやって、もどかしい熱情をはらんだまま月日は過ぎ去っていった。

 結局、彼女とは一度も言葉を交わすことはなく、私は学校を卒業し、もうその坂道を通る必要がなくなってしまった。
 彼女と私の縁はあっさりと切れてしまったのだ。


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