万華鏡
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妻のためにお茶を淹れながら、私は壁にかかった時計を見上げる。
「お茶の準備をしておくよ」
そう声をかけてから、すでに十五分以上が過ぎていた。
すぐに来ると言っていたのに、もしかしてまた掃除でも始めてしまったんだろうか。それとも何かほかのことに気を取られているんだろうか。
私は、ポットにティーコゼーをかぶせて、一人でソファに座る。
今日のお茶は、妻の好きなクイーンマリー。甘党の妻のために、ミルクとたっぷりの砂糖も忘れない。
おそらく妻がやって来るまで、まだもう少し時間がかかるだろう。
女性というものはなべてそういうものなのか、それとも妻に限ったことなのか分からないが、どうも私はいつも待たされている気がする。
「君はいつだって、少し遅れてくるのが癖だったから」
そう言えば、あの時もそうだった。
妻はもう忘れてしまったかも知れないが、私は一度だけ妻に恋文を送ったことがあった。
もう遠い昔。私たちがまだお互い学生だった頃のことだ――。
当時私が通っていた学校は家からだいぶ離れた場所にあり、そこへ行く途中にゆるやかな坂道があった。坂道には両脇に桜の木が植えてあり、春になるとそれは見事に花を咲かせていた。
その坂道で、いつも私とは反対側を歩く女子学生たちがいた。
どうやら坂の上にある女学校の生徒らしく、彼女たちとは毎朝ほぼ同じ時間に同じ場所ですれ違った。
今も昔も年頃の少女とはああいうものなのだろうね。彼女たちはよく喋りよく笑い、とにかく毎日楽しそうに坂道を上っていた。
その中に彼女がいた。えんじ色の袴と艶やかな黒髪が印象的だった。
桜並木を挟んで、こちら側とあちら側。一度も話すことはなかったが、毎朝その坂道で彼女の姿を見られることが、私の密かな楽しみだった。
学校で先生に叱られた翌日や父と喧嘩した朝なども、桜並木の向こうで軽やかに笑う彼女を見ていると、いつのまにか心が和んだものだ。
同じような格好をした三人の中で、なぜ彼女だけが特別に見えたのか。
正直に言って、三人の中で特に彼女の容姿が優れていたということもない。三人とも明るく快活で可愛らしい少女だった。
それなのに、私の目には、いつも彼女だけが特別に輝いて見えた。何故だろう。私にはどうしても不思議でならなかった。
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